230.小夏姫見参6
「お騒がせ致しました。私は本間只勝が娘・小夏と申します」
深々とお辞儀をした後で上げた顔は、やっぱり白目を剥いたままだ。
駄目だ、まだ慣れない。
私と桜井くんは顔を見合わせた。
そんな私たちに恐縮しつつも、”小夏姫”が居住まいを正して懇願する。
「どうか、どうか私の話をお聞き下さい」
「は……はい」
「ありがとうございます。私の中に”もうひとつの人格”がある。そう気付いたのは、真木信倖殿から縁談を断られた日の夜でした――」
白目を剥いたまま、小夏姫が訥々と話し出した。
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「――力が欲しいか」
内なる邪悪な囁きに心を動かさなければ、このような事にはならなかったのでしょう。あの時まで私は『真木信倖』なる武将は、名も知りませんでした。
私は常日頃より父を超える武将など居ない、そして父を超える武将でなければ嫁ぐ価値など無い、と思っておりました。
その父が一目置く武将ならば、と心を決めましたのに、真木殿から「ご辞退申し上げたい」との文が届きました。
きっと「霊獣」の件だわ。私はそう思いました。
真木が神子姫の守護を担っている事は、先の武隈との戦で世間に知れ渡っています。
この縁談話が出た時、徳山の内府様が冗談めかして仰ったのです。
「結納の品に、武隈の炎虎を頂こう」と。
父は笑って流しましたが、内府様の霊獣嫌いは有名です。
おそらく本当に、そのようなお話を真木家に持ち込んだのでしょう。
真木殿からは「こちらの都合で申し訳ない」と、却ってこちらをお気遣い頂いた、丁寧な文を頂きましたが、縁談を断られるなど大変な辱めを受けたと、私は生きた心地がしませんでした。
だって乗り気ではない真木殿の為に、内府様が、私を養女にしてまでお膳立てして下さった縁談ですもの。
恥ずかしくて 内府様にも顔向けできません。
私の中のどこかから聞こえる――その”内なる声”は囁きました。
『桜姫が信倖を選ばなかったから、あんたは結婚できないのよ。でも私は『かおす戦国』をやりこんでいるから、あんたの代わりに信倖をおとしてあげるわ』と。
何を言っているのかはよく解りませんでしたが、『真木殿の翻意を促してくれる』と言っているのだと言う事だけは解りました。
そして……
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「藁にも縋る思いで、私はその声に従って――そして”あの声”に身体を乗っ取られたのです」
小夏姫の剥かれた白目から つう と涙が流れる。
声も出せないまま、私と桜井くんは顔を見合わせた。そ、それって……!
(転移者……!)
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小夏姫の話が続いている。
「私の身体の主導権は”あの声”にあります。どれほど不埒極まる振舞をされても、私にはどうする事も出来ません。こうして身体を取り戻せるのは”あの声”が眠っている間だけ。……ですが……っ! 私は真木殿にも、真木家家臣の方々にも、顔向け出来ない痴態を晒してしまいました。もう、死んでしまいたい……っ!」
白目からはらはらと涙を零れるのを、私と桜姫は無言で見つめた。
同情する気持ちはあるけれど、やっぱり怖い。
しばらく泣き続けた後、小夏姫がしゃくりながら話を再開する。
「”あの声”が雪村殿を不審に思ったらしく、この部屋に盗み聞きをしに来たのです。それで桜姫と、何やら話す声が聞こえてきて……雪村殿が「小夏姫は、あんなきゃらじゃない」と言った瞬間、”あの声”が「ぷれいやーがいやがった! 何であたしが桜姫じゃないんだ。それに何で雪村が女なんだよ!」と、それは口汚く罵ったのです。何を言っているのかは解りませんでしたが、私は”あの声”がお二人の会話を盗み聞いた事をお知らせせねば、大変な事になると思いました。そして 私が私ではない と気付いて下さったお二人に助けを求めようと。貴女方なら”あの声”を殺す手段が解るのではないか、それが叶わないのであれば今、ここで私を殺して欲しい。そう思って”あの声”が寝るのを待ち、このように罷り越した次第でございます」




