23.逃亡の姫と「長年のご愛顧感謝イベント」 ~side S~
結局あの後。
影勝の妹(本物)も同じ穴のムジナで、おまけに陰虎のとこに嫁いだから、影勝と陰虎に関しては公認済みたいな物だ。怖がらなくていいと笑われた。
よほど俺は 絶望した顔をしたらしい。
どっち方面に安心させようとしたかは知らんが、男女カップルの『写本』も出していることも教えてくれた。
陰虎と影勝妹のロマンスを、本人監修のもと書かれたハーレクイン風同人誌。
それと影勝妹が書いたという、兄と夫のBL同人誌を「読みますか?」と差し出されたけど、それはそのうちに、と謹んで辞退した。
殿様と旦那でそんな妄想が出来るのか。すげえな、妹であり嫁である奴が。
最強メンタルは影勝妹じゃないか? これ。
俺はこっちの世界でも、オタクな義姉(か義妹)が出来るのか……
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翌日の昼下がり。
奥御殿の庭でぼんやりしていた俺に、雪村がにこにこと話しかけてきた。
「越後の侍女衆と、さっそく打ち解けられたようで安心しました。こちらの皆さまはとても親切ですから。頼りになりますよ」
打ち解けた……そう見えるか。
自分がそいつらのせいで、どんな目にあわされているかを知らないってのは幸せだな。
俺からはチクれないけど。
それに正直、男の身空でBLトークに付き合うのは、ちょっと俺自身の力量不足を感じている。
話を合わせるには、もう少し『写本』を読み込まなければならないが、俺にそれが出来るだろうか。
ああそうだ、侍女衆に聞きそびれた事を雪村に聞いてみよう。
オタク用語だったら知らないかもしれないけど。
「あのね、ちょっと小耳に挟んだのだけれど。雪村は『とりかえばや』って何か、わかる?」
オタク用語じゃなかったらしく、雪村は少し不思議そうな顔をしながらも説明してくれた。
「とりかえばやとは、男子が女子に、もしくは女子が男子に成り済ました者が登場する読み物のことです。姫はそういった物に 興味がおありなのですか?」
「い、いえ、そういう訳ではないのだけれど」
慌てて返事をしながら、俺は手のひらに嫌な汗をかくのを感じていた。
実は昨日、寝る前にゲームをプレイしていたら、「初版のデータがあったら発生する【長年のご愛顧感謝イベント】」が発生した。
これは初版発売当時、兼継ファンから「兼継だけエロがないのは不公平」と苦情が殺到した事で追加されたイベントで『兼継と”美少女”化した美成の18禁イベントが発生する』というものだった。
だからって、何で乙女ゲームで女体化なんだよ。と思うよな?
どっちかっつーと、女体化した戦国武将モノって男性向けじゃね?
乙女ゲームでその発想が もうカオス。
……まあ、それはともかく。
そのイベント自体は、兼継攻略時にも発生したから知っていた。
だから昨夜もそのつもりでプレイしていたら、何故か美成じゃなく、雪村が美少女化したんだよ。
公式HPには“美少女美成”のスチルしか掲載されてなかったし、驚いて攻略サイトを確認すると、どうやら美成のフラグが折れた状態でイベントが発生すると、代わりに雪村がなるらしい。
美成のイベントは全部見たからいいやと、大阪で美成に会わずに済ませたから、そのせいだった。
さすが『カオス戦国』なんて別名で呼ばれているだけあるカオスっぷりだけど、越後では“雪村が実は女”って同人誌が人気だったのか。
妙なリンクっぷりが 気持ち悪いな。
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「冷えてきましたね。そろそろ戻りましょう」
石に腰かけていた俺に、雪村が手を差し出してくる。
その手をとりながら立ち上り、俺はよろけた振りをして雪村に抱きついた。
庭のあちこちから 声にならない悲鳴が上がる
見えない場所から覗いている侍女どもめ、括目して見よ。
この程度じゃこいつはオトせない。だが人とは成長する生き物なのだ。
瞳をうるうるさせ、ぷるぷると震えて雪村を見上げる。
さあ俺渾身の、チワワ演技を見るがいい。
「雪村と離れたままは淋しいの。お願い、わたくしも兼継殿のお邸に一緒に連れて行って?」
別に兼継に会いたい訳では無い。
とにかくこの、腐女子英才教育から抜け出したい!
ここの生活は 俺には濃すぎる!!




