228.小夏姫見参4
翌日。昼食時の侍女詰所。
「雪村さま……ッ!」
「じきに兄上が戻られる。気をしっかり持て!」
よよ、と崩れ落ちた侍女の肩を支え、私は後詰を待つ籠城兵の気分で励ました。
「申し上げます!」
息も絶え絶えに、侍女のひとりが戦況を報告する。
「小夏姫がゆうべ、お魚は骨を取るのが面倒だから肉が食べたいって言ったんです。牛肉を出せって。牛なんて普通は食べませんって言ったら、御台所頭に「侍女に普通じゃないって言われた」って泣きながら告げ口して。そんな意味ではありません、牛の肉は出せませんって言っただけですって言ったのに、御台所頭が……大大名のお姫様が「牛を食いたい」なんて言う訳がないって……わああっ!」
おのれ、とうとう御台所頭まで篭絡されたか……!
一見、侍女衆と遊んでいるように見えるでありましょうが、現在、我々は”戦場で追い詰められた武士気分”を存分に満喫中であります。
これも一種の現実逃避なのでしょうか。
「私どもは、お邸の仕事をする為にこちらに来ているのですよね? 小夏姫のような対応を求められては仕事になりませんし、そもそも男性を喜ばせるのは仕事ではありませんわ」
「私は、夫や恋人でもない男性に、あのような振舞はしたくないです」
「あの方が本当に信倖さまのご正室となられるのですか? それでしたら私、この先お仕え出来る自信がありません……」
侍女たちの泣き言が次々と湧き出てくる。
「雪村様、このままではこの娘たちが持ちませんよ」
しょっぱい顔をして話を聞いていた侍女頭が、苦々しい顔になった。これは本当に何とかしないと、侍女たちがみんな辞めてしまう。
そして女を駆逐した世界で、小夏姫が逆ハーレムを形成して天下統一だ。
この世界、本当にモブが恋愛イベントを頑張るな!
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『夜な夜な、女のすすり泣きが聞こえてくる』
そんな噂がたったのは、それからいくらも経たない頃だった。
踏んだり蹴ったりというか泣きっ面に蜂というか。
こんなタイミングで怨霊騒ぎが起きるなんて、本当にいつ侍女が暇乞いしてくるか判ったものじゃない。
私は小夏姫の目を盗み、こっそりと家臣たちを集めて申し付けた。
「邸内で女の泣き声を聞いた、と訴えが出ている。宿直の者は特に注意を払って警護するように」
「侍女たちがやってるんじゃないですかー?」
「女の嫉妬は怖いって言うしな!」
どっと笑いが沸き起こる。……いい加減にしなよ、もう限界だ。
私は冷笑を頬に張り付かせて 周りを見渡した。
「これは小夏姫を怖がらせるための芝居だ、とでも言いたいのか?」
「その可能性もありますよね。だって小夏姫、侍女たちに嫌われているんでしょ? 男の方がさっぱりしていて付き合いやすいって、彼女も言っていましたから」
「なるほど。ではその愛しい小夏姫をお守りする為にも励め。今、笑った者は全員だ」
私は普段、あまりきつい物言いはしない方だ(正宗除く)。
そんな私の不機嫌そうな気配を察したらしき家臣のひとりが、へらりと作り笑いを浮かべて取りなしてくる。
「いや~あの~雪村様? ちょっとした冗談じゃないですか? ほら、もっと仕事は楽しく……」
「『冗談』とは、皆が楽しく笑い合える遣り取りの事だ。その言葉を免罪符に使うな。お前たちは今、同僚である侍女たちを侮辱した。それが何故解らない? 侍女たちが小夏姫を集団で苛める可能性がある、と言う話がそれほどに楽しいか。私には理解出来ないな」
「……」
ちらちらと顔を見合わせている家臣たちを前に、ふん、と踏ん反り返る。
ええい、ムカついたからついでに言っちゃえ。嫌われたって構うもんか。
「仕事に楽しさを求めるのは結構だが、ここは遊び仲間が集う場所ではない。まずは己の責務を果たせ。真木家臣という自覚があるなら尚のこと。私は小夏姫のあの所業、徳山方の離間計と捉えている。それも解らないような愚か者は、出奔でも何でもしてくれて結構だ」
勢いで言っちゃったけど、実は離間計とまでは考えてませんでした。そして兄上に無断で家臣に「出てけ」って啖呵を切っちゃったよ!
バレたら怒られそうだけど、私は知らん顔して居直った。




