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226.小夏姫見参2


「所用があるから少し留守にする。その間、家と小夏姫を頼むよ」


 私を上田に()()いて、兄上が居なくなってから数日。

 途方に暮れたまま 私は()め息をついた。


私が雪村(おんな)なのは、小夏姫には内緒」と言われたけれど、それならどんな立ち位置で、兄上の代理を務めたらいいんだろう。

 結局『桜姫のお付き』を(よそお)ったまま、私は日増(ひま)しにギスギスしていく城内を()(すべ)もなく(なが)めていた。


「小夏姫は明るくて可愛らしいですね。三河(みかわ)の女性は皆、こうなのですか?」


 雑談に(きょう)じる家臣たちの、大きな笑い声が聞こえてくる。

 その中心では小夏姫が、言葉通り家臣たちと、ぺたぺた触れ合いながら談笑していた。


 舌ったらずな甘え声、大袈裟(おおげさ)な合いの手、的確に()り出されるボディタッチ。

 本人たちがセクハラだと感じないならいいのか……? と放っているけれど。


 別に見たくもない他人のイチャイチャを、強制的に見せられている今の状況って、こちらに対するセクハラにはならないんですかね……!?

 そもそも今は、仕事をすべき時間帯なんですよ!


 城内では侍女たちが、素知(そし)らぬ顔をして立ち働いている。

 サボっている家臣たちに『勤務時間は仕事をしろ』と当たり前の事を言えないのは、それを指摘すると「嫉妬(しっと)している」と(なな)(うえ)の解釈をされて鬱陶(うっとう)しいからだ。


「もお~ん、小夏姫ってばぁン」


 小夏姫に身体を()り寄せられてデレた家臣のひとりが、くねくねと身をくねらせた。侍女たちは無表情のまま顔を逸らして、見ない様にしている。


 将来の兄上の嫁。この肩書きは最強すぎる。

 現状ではどうする事も出来ないので、私も仕方なくスルーする事にした。



 ***************                ***************


 ひとりの侍女が、ひょいと部屋に顔を出して聞いてきたのは翌日のこと。


「雪村様、ここに水飴(みずあめ)のおくすりってありましたよね?」

「水飴の薬? 膠飴こういのこと? (くりや)にあるよ。どうかした?」

「いえ……馬廻衆(うままわりしゅう)のひとりが(のど)を痛めたらしくて。確か雪村様が、水飴は痛みに効くおくすりだって言っていたなと思いまして」

「解った。ちょっと待って」


 膠飴とはようするに水飴だ。米や小麦、粟などの粉に麦芽(ばくが)を混ぜて糖化(とうか)させ、それを煮詰(につ)めて水飴状にした物をいう。

 ちいさな(つぼ)に入ったそれを渡すと、侍女は礼を言って受け取った。





 翌日の昼過ぎ。

 出先(でさき)から戻って邸に入ると、庭の方が大騒ぎになっていた。


「空気が乾燥しているからぁ。これを()めてぇみんな気を付けてお仕事してねえ? 小夏お手製の薬草入りで~す」


 甘い声を(ひび)かせて、小夏姫が家臣たちに何か配っている。

 なにごとかと思って庭に降りようとしたら、昨日の侍女がしょんぼりと壺を持ってやってきた。


「雪村様、これ、ありがとうございました」

「もういいの?」

「はい……」


 言葉が途切(とぎ)れて、まるい大きな目から、ぽろぽろと涙が(こぼ)れ出す。

 私は慌てて侍女を、近くの部屋に引っ張り込んだ。





 ***************                ***************


 泣いている侍女が落ち着くのを待って、事情を聞いてみると。


 昨日、馬回衆の家臣に膠飴(くすり)を渡した時は、喜んで受け取ったそうだ。

 しかしそれを見ていたらしい小夏姫が今日の朝、大量に買い込んだ水飴を家臣たちに配りだした。そしてそれを貰った昨日の家臣が、「これは返す」と壺を返して来たそうだ。


「ではこれは、厨に返しておきますね」


 笑って受け取った侍女に、家臣はしかめっ面で嫌味を言ってきた。


「ただの水飴で治る訳がないって笑われたよ。小夏姫がくれたものには薬草が入っていた。水飴を薬だなんて(だま)して寄越(よこ)すなんて、恩着せがましい女だな」と。



 そんなつもりじゃなかったのに、と泣き伏す侍女を(なぐさ)めながら、私は申し訳なさと苛立ちできりきりと胃が痛む気がしてきた。


 膠飴は確かに水飴だ。

 しかし滋養強壮(じようきょうそう)健胃(けんい)、鎮痛、鎮咳ちんがいなどの作用があるれっきとした生薬だし、黄耆建中湯おうぎけんちゅうとう小建中湯しょうけんちゅうとう大建中湯だいけんちゅうとうなどにも配合されている。

 何を混ぜたのかは知らないけれど、薬草を混ぜたら薬になるってものでも無い。

 それでも薬だと言って私が渡したせいで、この子が泣く羽目(はめ)になってしまった。


 申し訳ない事をしてしまった……。

 声を聞きつけた侍女たちが次々と集まって来て、泣いている侍女を慰めている。


 ……しかしそれにしても。

 障子の外からは、楽しげな笑い声が聞こえている。


 「ただの水飴で治る訳がないって笑われたよ」


 侍女は気付いてないようだけど、昨日は喜んでいたのなら、膠飴を「ただの水飴」だと笑って、「薬だなんて騙して寄越した」と家臣に悪く伝えた人が居るって事だ。


 そしてそうしただろうと思われる人は、ひとりしか居ない。




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