215.正宗再来9
「おい! 近くに用があったから寄ってやったぞ!」
黒の小袖に金糸銀糸の刺繍を施した ド派手な装いの正宗が、颯爽と独眼竜から飛び降りてきたのは、それから数日後だった。
今日は気温が高いけれど、黒い小袖で暑くないんだろうか。いや、それよりそんな独特なデザインの小袖を着て、一体どんな用事だろう。
「相変わらずお洒落な装いですね。傾き者の集会にでも行ってらしたのですか?」
「相変わらずお前は口が減らないな。それだとここが傾き者の集会所という事になるぞ」
「ここが目的地なら、「近くに用があった」とは言いませんよ」
こういう遣り取りも初めてではないので、私も家臣達も慣れたものだ。
しかし今回に限ってはちょうど良かった。
「今日は正宗殿に お願いがあるのです」
「回れ右してそのまま帰れ、というお願いなら聞かんぞ」
珍しく私が歓迎の意を表したのに、正宗は逆に警戒した顔つきになった。
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「桑の実がたくさん採れたので、ジャ……たれのような物を作ってみたのです。それを使って軽食を作りたいのですが、上手くいかなくて……。料理上手な正宗殿の意見が聞けたらと」
そう言いながら壺の蓋を開けると、何だか変な匂いがした、気がする。
「え? あれ??」
「発酵してるんじゃないか? これ」
隣から覗き込んできた正宗がふんふんと匂いを嗅ぎ、壺の中に指を突っ込んだ。
発酵……発酵だと!? 何だそれ!
「酒のようになりかかっている、という意味だ」
ぽかんとしている私に、指を舐めて味を確かめた正宗が説明してくれる。
いえ、そっちじゃなく。何でジャムがそんな事に!?
「蜂蜜を桑の汁と混ぜたからじゃないか? 糖度が低いとこうなるんだ」
「蜂蜜って、そういうものなのですか?」
「水と混ぜて放置するだけで、蜂蜜は酒になる」
あっさりと言った後で、正宗がにやりと笑った。
「俺の意見が聞きたいと言ったな? よぉし、あるだけ桑の実を持ってこい!」
正宗が声高らかに、厨勤務の家臣たちに命令した。
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正宗が作ったのは、葛餅に桑の実を煮詰めただけのジャムを掛けたお菓子だった。涼しげで、少しだけ垂らした水飴のほんのりとした甘みと、素材の味が生きた甘酸っぱいジャムが合っていて、とても美味しい。
「美味しいです! 見た目も涼しげで美しいですし、暑くて食欲が無くてもいくらでも食べられそうです。正宗殿は本当にお料理が上手ですね」
もぐもぐ試食しながら手放しで褒めると、ドヤ顔で調子に乗ると思っていた正宗が、ちょっと拗ねた顔になった。
「お前は俺の料理しか褒めんな」
「そんな事はありませんよ」
笑って誤魔化した私に、正宗がへえ、と言いながら意味深に笑う。
「なら他には何だ? ちょっと俺を褒めてみろ」
「そうですね……塩むすびの塩加減が絶妙で、野菜の皮むきが早くて」
「おい、他にも何かあるだろう!? お洒落ですねとか恰好いいとか!!」
「自己申告は恰好悪いです」
キレた正宗が私を羽交い絞めにしてきたので、私は正宗の足をどすりと踏みつけて難を逃れた。




