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200.正宗再来6


 私は野菜の皮むきがへたくそだ。

 野菜の皮を剥いていると、絶対に何度かは指の腹に包丁の刃が当たる。

 キレの悪い包丁なら ぶつけたくらいじゃ指を怪我(けが)しないけれど、こっちの世界の包丁、むちゃくちゃ切れ味が良さそう……


 御台所頭(おだいどころがしら)が私の手つきを見てそわそわしているけど、今更(いまさら)、引くに引けない。

 慎重に 慎重に……


「おい」

「ひゃあ!」


 いきなり声を()けられて、私は悲鳴を上げて飛び上がった。

 びっくりしたせいで 思いがけなく包丁の刃が(すべ)り、親指にぶすりと刺さる。


「馬鹿! 気をつけろ!」


 あっと思う間もなく正宗がずかずかと近づいてきて、私の手から包丁を取り上げ、血が(にじ)んだ親指を口に(ふく)んだ。

 そしてぎゃあという間もなく、そばにいた下働(したばたら)きの侍女を指先でちょいちょいと呼び寄せ、差し出された布を器用に私の指に巻き付ける。


 本当にあっという間で、私は感心しながら正宗を見上げた。

 ……これ以上が無いくらいのドヤ顔をしていて、瞬時(しゅんじ)にお礼を言う気が失せる。


(どん)くさいな、お前」

「そちらこそ随分(ずいぶん)と手当に慣れていますね。怪我しまくって練習済みですか?」

「本当にお前は()らず(ぐち)ばかり叩くな。(ふさ)ぐぞ」


 上から目線で揶揄(からか)ってくるので、私は手当(てあて)のお礼をいうタイミングを逃したまま、むすりと(にら)みつけた。


「正宗殿が(おどろ)かすから怪我をしたのです。悪いのはそちらですよ?」

「ふうん? なら傷物(キズモノ)にした責任でもとらせるか?」

「そんな器の小さい事は言いませんよ。手当もして(もら)いましたし。おあいこですけどありがとうございました」


 そっぽを向いたまま、お礼を言ったんだかよく解らない態度でお礼を言うと、正宗が楽しげに笑いだした。そして。


「怪我をさせた()びだ。そこで見ていろ」と包丁を手に取り、大変スピーディに野菜の皮を()き始めた。



 ***************                ***************


出汁(だし)は昆布か。上方(かみかた)ならいいが、こっちの水は鰹節(かつおぶし)の方が向いている。両方入れるのもありだがな」


 何だかいろいろ説明しつつ、正宗が手際(てぎわ)よく味噌汁(みそしる)を仕上げていく。

 おまけに味噌汁造りの合間(あいま)に塩むすびまでさっさと作ってしまい、何だか私は、元・女としての()()が無い気分で()()ったままだ。


 さすが料理自慢(じまん)だけあって、本当に手際がいい。

 そこは素直に感心して、私は(かまど)の前に立つ正宗の手元を(のぞ)きに(そば)に寄った。


「すごいですね。お料理はいつ頃から始めたのですか?」

「いつだったかな……よく覚えておらん。ただ、初めて作った料理を 母上が()めてくれた」


 母上様か……

 心なしかしんみりしている正宗につられてしんみりしていると、正宗がいきなり鼻を()まんできた。

 いきなり(ふさ)がれて、ふげっと鼻息を()らしながら抗議(こうぎ)する。


「苦しいじゃないですか。何すんですか!」

「お前、ちょろいんだか何だかよく解らんな。出来たぞ。(メシ)だ」


 怒っている私にはお(かま)いなしで、正宗は味噌汁の(わん)を手に取ってにやりと笑った。




 正宗の料理は、短時間であんなに簡単に作ったとは思えないくらい本格的だった。庶民(しょみん)な材料を使っているのに、料亭(りょうてい)で出てきそうな仕上がりだ。


 私達は縁側(えんがわ)に並んで座り、コメント待ちの正宗の視線を横顔に受けながら 味噌汁に口をつけた。


「すごく美味しいです」


 本当に美味しいので素直に()めると「当たり前だ!」と言いながら、上から目線とドヤ顔が入り混じった表情で、楽しげに正宗が笑う。


 さっきのしんみり、どこ行った。


「気に入ったなら今度教えてやる。好きな食材は何だ?」

結構(けっこう)です。私は城代の仕事で精一杯ですから。それにこういう料理は、上手な方が作ったものを(いただ)くのが一番です」


 その為に(やしき)には、(くりや)勤務の家臣たちが居るんだから。

 別におかしな事は言っていない(はず)なのに、何故だか正宗が目を見開いて私を見る。そして大きな声で笑いながら、背中をばしばしと叩いてきた。


「なるほど。お前の言いたい事はよぉく解った!」

「味噌汁が(こぼ)れます。やめて下さい」


 背中を叩くのはやめたけど、今度は一方的に肩を組んできたので、私は怪我(けが)をしていない左手で 正宗の手の(こう)(つね)って追い払った。


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