200.正宗再来6
私は野菜の皮むきがへたくそだ。
野菜の皮を剥いていると、絶対に何度かは指の腹に包丁の刃が当たる。
キレの悪い包丁なら ぶつけたくらいじゃ指を怪我しないけれど、こっちの世界の包丁、むちゃくちゃ切れ味が良さそう……
御台所頭が私の手つきを見てそわそわしているけど、今更、引くに引けない。
慎重に 慎重に……
「おい」
「ひゃあ!」
いきなり声を掛けられて、私は悲鳴を上げて飛び上がった。
びっくりしたせいで 思いがけなく包丁の刃が滑り、親指にぶすりと刺さる。
「馬鹿! 気をつけろ!」
あっと思う間もなく正宗がずかずかと近づいてきて、私の手から包丁を取り上げ、血が滲んだ親指を口に含んだ。
そしてぎゃあという間もなく、そばにいた下働きの侍女を指先でちょいちょいと呼び寄せ、差し出された布を器用に私の指に巻き付ける。
本当にあっという間で、私は感心しながら正宗を見上げた。
……これ以上が無いくらいのドヤ顔をしていて、瞬時にお礼を言う気が失せる。
「鈍くさいな、お前」
「そちらこそ随分と手当に慣れていますね。怪我しまくって練習済みですか?」
「本当にお前は減らず口ばかり叩くな。塞ぐぞ」
上から目線で揶揄ってくるので、私は手当のお礼をいうタイミングを逃したまま、むすりと睨みつけた。
「正宗殿が驚かすから怪我をしたのです。悪いのはそちらですよ?」
「ふうん? なら傷物にした責任でもとらせるか?」
「そんな器の小さい事は言いませんよ。手当もして貰いましたし。おあいこですけどありがとうございました」
そっぽを向いたまま、お礼を言ったんだかよく解らない態度でお礼を言うと、正宗が楽しげに笑いだした。そして。
「怪我をさせた詫びだ。そこで見ていろ」と包丁を手に取り、大変スピーディに野菜の皮を剥き始めた。
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「出汁は昆布か。上方ならいいが、こっちの水は鰹節の方が向いている。両方入れるのもありだがな」
何だかいろいろ説明しつつ、正宗が手際よく味噌汁を仕上げていく。
おまけに味噌汁造りの合間に塩むすびまでさっさと作ってしまい、何だか私は、元・女としての立つ瀬が無い気分で突っ立ったままだ。
さすが料理自慢だけあって、本当に手際がいい。
そこは素直に感心して、私は竈の前に立つ正宗の手元を覗きに側に寄った。
「すごいですね。お料理はいつ頃から始めたのですか?」
「いつだったかな……よく覚えておらん。ただ、初めて作った料理を 母上が褒めてくれた」
母上様か……
心なしかしんみりしている正宗につられてしんみりしていると、正宗がいきなり鼻を摘まんできた。
いきなり塞がれて、ふげっと鼻息を漏らしながら抗議する。
「苦しいじゃないですか。何すんですか!」
「お前、ちょろいんだか何だかよく解らんな。出来たぞ。飯だ」
怒っている私にはお構いなしで、正宗は味噌汁の椀を手に取ってにやりと笑った。
正宗の料理は、短時間であんなに簡単に作ったとは思えないくらい本格的だった。庶民な材料を使っているのに、料亭で出てきそうな仕上がりだ。
私達は縁側に並んで座り、コメント待ちの正宗の視線を横顔に受けながら 味噌汁に口をつけた。
「すごく美味しいです」
本当に美味しいので素直に褒めると「当たり前だ!」と言いながら、上から目線とドヤ顔が入り混じった表情で、楽しげに正宗が笑う。
さっきのしんみり、どこ行った。
「気に入ったなら今度教えてやる。好きな食材は何だ?」
「結構です。私は城代の仕事で精一杯ですから。それにこういう料理は、上手な方が作ったものを頂くのが一番です」
その為に邸には、厨勤務の家臣たちが居るんだから。
別におかしな事は言っていない筈なのに、何故だか正宗が目を見開いて私を見る。そして大きな声で笑いながら、背中をばしばしと叩いてきた。
「なるほど。お前の言いたい事はよぉく解った!」
「味噌汁が零れます。やめて下さい」
背中を叩くのはやめたけど、今度は一方的に肩を組んできたので、私は怪我をしていない左手で 正宗の手の甲を抓って追い払った。




