2.異世界戦国に転生しました【挿絵あり】
私の名は 真田 雪緒。
生前の私は、ちょっとオタク趣味のある普通の社会人だった。
あの運命の日。
仕事帰りの私は、うきうきしながらコーヒーショップに立ち寄っていた。
別にコーヒーが飲みたかった訳じゃない。
探していたゲーム『カオス戦国』の初版が手に入り、帰宅まで我慢できなかったからだ。
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『カオス戦国』は数年前にパソコン版で発売された、戦国時代風の異世界を舞台にした18禁乙女ゲームだ。
本当のタイトルは『花押を君に~戦国恋歌~』というタイトルだけど、ファンの間ではそう略されている。
本来、『花押』とは「自署の代わりに書く記号」のことだけれど、このゲームでは少し扱いが違う。
この世界には『花押を“愛する相手”に刻印する事で恋人同士になる』という風習があって、これは攻略武将との重要な恋愛イベントになる。
そのやり方は武将によって様々。
雪村の場合は掌に花押が浮いて、桜姫と手を重ねて刻印するし、兼継はおでこにちゅーして刻印する。
『雪村』『兼継』…… 歴史好きなら「漢字が違うんじゃない?」と気付くだろうけど誤植じゃない。
このゲームは、歴史上の人物と名前が似た戦国武将が、攻略対象として出てくるからだ。
登場する攻略武将は、メインヒーローで幼馴染の『真木雪村』。
その兄の『真木信倖』。
関ヶ原の戦いで西軍を率いる『石川美成』。
越後の執政『直枝兼継』。
後に幕府を開く『徳山家靖』の五人で、私がプレイした携帯ゲーム版では、奥州の独眼竜・『館正宗』が攻略対象に追加されていた。
プレイヤーは主人公の『桜姫』として戦国後期の動乱に巻き込まれながら、武将たちと運命の恋に落ちるという、ありがちな乙女ゲームだ。
ちなみにこれは、購入特典で付いていた小冊子の登場人物紹介ページ。
主人公の桜姫は、毘沙門天の化身で『越後の龍』と異名をとる上森剣神(女)と『甲斐の虎』と呼ばれる武隈信厳の娘という、めちゃくちゃ濃い設定の女の子。
毘沙門天の娘だから『神子姫』と呼ばれているけれど、霊力は低く、残念ながらその設定はあまり活かされていない。
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『カオス戦国』は、ハッピーエンドがないゲームだった。
特にメインヒーローの雪村には、死亡エンドしか無い。
けれどシナリオが作り込まれていて、悲恋好きを中心に評判は上々だった。
しかしそれから数年後に発売されたファンディスク『花押を君に~side B~』はどういう訳か、可憐な姫君だった桜姫が若君に変更され、攻略武将とBLしつつ天下を目指すという、斜め上にカッとんだものだった。
基本、乙女ゲームとBLは客層が違う。
知らずに買った乙女ゲーマーは阿鼻叫喚。
そして少女のように可憐な若君が、攻略武将をばったばったと『攻』めまくり、おじいちゃんの家靖まで『受』だったとかで、BLを嗜むファンをも阿鼻叫喚の地獄に叩き落としたと聞く。
当時の私は未成年だったから、購入してないけれど。
こんなカオスなソフトが出たせいで『花押を君に~戦国恋歌~』は、ファンの間で『カオス戦国』と呼ばれるようになった。
『花押』が かおす と読めるから。
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それから1年後。
『カオス戦国』は年齢制限がCERO Cに引き下げられ、携帯ゲームに移植された。
当時、高校生だった私は、友人のあかねに勧められてプレイして……そして見事にハマった。
ただこの携帯ゲーム版、18禁シーンのぼかし方がとても思わせぶりだったせいで、大人の世界に興味津々な乙女たちが、こぞって『パソコン版』を探し出した。
しかし数年前に出たパソコン版はすでに廃盤。
オタク界隈で『初版』が高額で取引されるようになり、それを憂えた(らしい)ゲーム会社は今年、パソコン版の改訂版『花押を君に~戦国恋歌・NEO~』を発売した。
ご親切にありがとう、ゲーム会社。これにて一件落着、かと思いきや。
カオスな事を平気でするゲーム会社は、一筋縄ではいかなかった。
ゲーム発売直前、ネット上で真偽不明の噂が流れ始めたのだ。
「パソコン版『初版』のデータがある状態でゲームを始めたら『特殊イベント』が発生するらしい」と。
4月1日に公式サイトで『長年ご愛顧いただいたお客様に感謝を込めて』(クリアデータ以外でも発生します)なんて注意書きと共に、謎の美少女スチルがUPされたからだろう。
エイプリルフールのネタかも知れない。けれどもしも本当なら『特殊イベント』も見たい。でも初版は廃版だし……とダメ元で探していたら、偶然フリマアプリで『初版』を発見した。
こんな奇跡は二度と起きない。ありがとう、神様 仏様 毘沙門天様!
私は狂喜乱舞して購入した。
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帰宅途中のコンビニで荷物を受け取り、我慢できなかった私は、最寄りのコーヒーショップに飛び込んだ。
ここでパソコンを開いていれば、一見、意識高い系に見えるはず。
画面は18禁乙女ゲームだけどね!
画面を見られないように窓際奥の席に陣取り、パソコンの電源を入れる。
封を切ると、薄いプラスチックケースに入ったCD-ROMが出てきた。
パッケージや取説の類は無い。
慎重にケースから取り出し、私はふと手を止めた。
「戦国「変」歌?」
よく見ると、タイトル部分が『花押を君に~戦国変歌~』と読めるのだ。
え? まさか海賊版か何かを掴まされた?
いや、でも買っちゃったし。一応インストールしてみよう。
躊躇う気持ちはあるけど、代替品があるわけじゃない。
CDを入れてセットアップした その瞬間。
パソコン画面が眩しく光って、私は思わず顔を逸らした。
逸らした目に映ったのは、道路に面した店のガラス窓。
ブレーキとアクセルを踏み間違えていますよとツッコむ間もなく、ヘッドライトが店のガラスをぶち破って突っ込んでくる。
それが私の現世での、最後の記憶になった。
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そして気付けばここですよ。
これが巷で噂の 異世界転生……?
それなら私はどうして、主人公の桜姫に転生しなかったんでしょうか?
こんな美少女、私のような喪女には勿体ないと弾かれた?
……いやいや、そんな自虐は置いておいて。
気絶している桜姫を見つめ、私は途方に暮れた。
ゲームプレイ中は、③選択肢の『気絶する』で、何で雪村の好感度がマイナスになるのか解らなかったけれど、いざ自分がその立場になってみたら理解した。
気絶している女の子を勝手に連れて行っていいのかなんて、普通に迷うわ。
「何で気絶したの? 承諾が取れないよ」って意味でマイナスになるのか。
なるほどなるほど。
しかし私の中の『雪村』が、お館様の容態を心配していて、一刻も早く連れ帰りたいみたいなので、このまま連れていく事にする。
「武隈信厳公がお待ちです。事は急を要しますので、このまま連れて行きます」
姫を庇っていた侍女に告げて、私は待たせていた輿に桜姫を押し込んだ。
こんなに軽々とお姫様だっこ出来るなんて、男の腕力すごいな!
と内心、感嘆しながら。