198.正宗再来4
すっかり春めいた畦道に、可憐な野花が咲き誇っている。
若草の黄緑色が柔らかくて綺麗だ。
畦道の横には、去年までは無かった用水路が作られていた。
「今年は温泉のついでに掘り当ててくれた、横井戸からの水源があるからね。少しは楽になると思うんだけど」
「そおっすねぇ。水汲みって女の子たちには大変な作業っすから」
ここから安定して水が引ければ、高台でも田が作れるようになるかな。
今は利根川を水源にして田を作っているけど、川が氾濫すると被害が出る。近々、堤の事も考えなきゃ。
うっかり考え込んでいると、小介がちょいと身をかがめて 私の顔を覗き込んだ。そしてちょっと嫌そうな顔で頭を掻く。
「そういえばね、これ言っちゃうと雪村様、滅入っちゃうかもなんすけど。ココロの準備しといた方がいいかもだから教えときます」
「え? 怖いな、なに?」
「さっき取次んとこに寄ったら、奥州のあいつから文が届いていましたよ。内容はわかんないっすけど」
「正宗殿から?」
怨霊退治も手作りお菓子イベントも済んだのに、いったい何の用だろう。
ゲームでも『手作りお菓子イベント』が終わったら、雪村ルートのラスト付近まで接点が無いはずなのに。
「何の用だろうね? 怨霊はもう出ないだろうに」
「もーっ! 俺がこんなこと言うのもナンですけどね雪村様! あいつとはそろそろ縁を切った方がいいっすよ?」
毎日、自分宛ての恋文が届いていないかと取次のところに通っている小介だけど、最近 若い女の子たちに『早馬の君』と呼ばれて人気がある正宗が、大変気に食わないらしい、って根津子から聞いた事がある。
正宗本人は目を気にしているけど、顔立ちは整っているしお洒落だからね。
「あいつ、俺と為人が被っているんすよ!」と小介がとてもライバル視している。
いつも飄々としている小介が不貞腐れているのが面白くて「ああいう人は、若い子に人気があるもんだよ」と笑って励ましておいた。
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小介を励ましつつ戻ったら。
今度は政庁前で、六郎がしょっぱい顔をして立っていた。
「……奥州の館殿が、邸でお待ちです」
「「もう!?」」
思わず私と小介の声がハモり、六郎の声が重低音で唸る。
「もう来ましたよ。あの人、普通の文も早馬並の速度で届くと勘違いしているんじゃないですか?」
「それ以前に、まずはこっちの返事を待てって話っしょ!? もーっ!」
小介が私の気持ちを代弁して、頭を抱えた。
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待つことと、既読無視が嫌いな奥州の殿様は、主が居ない部屋で楽しそうに寛いでいた。部屋に置いてあった生薬の草花を、珍しそうに眺めている。
「お前の部屋は野っ原みたいだな。これは何だ?」
「朝顔ですよ。チョウセンアサガオ。どんな花か見たことが無いので楽しみです」
「ふうん。キチガイナスビか。これは毒だぞ。お前のところの忍びは使っていないか?」
「え!?」
書籍には、生薬名はダツラで効能は『鎮痛・鎮痙』って書かれていたけど。
そういえば鳥兜だって「附子」って生薬になるからなぁ。
真木の忍びは、父上が山伏の頭領だった関係もあって山伏が多い。
私もこっちに来てから知ったんだけど、忍びの仕事は情報収集が主だから、まずは目立っちゃ駄目なのです。
手裏剣ぶっ放して火遁の術! みたいな忍者は、ほぼフィクションでした。
そういえば兼継殿も正宗も意外と毒に詳しいな。
この世界では暗殺なんて普通にありで、毒殺の防止に『毒見』って役職の人もいるくらいだからね。『盛られる側』として、知っておかなきゃ駄目なのかな。
「何だ。本当に花が見たいだけだったのか?」
本気で驚いている私を見て、正宗が鼻からばふんと鼻息を噴き出して嘲笑う。
……ダツラは強い薬で、胡麻と間違えて食べて中毒を起こす事があるって書かれてあった。私から胡麻団子が届いたら気をつけろ、正宗さんよ。
「まあ そう怒るな」
私の不穏な気配を察したのか、正宗が軽く往なしながら、艶やかに微笑んだ。
「チョウセンアサガオは曼陀羅華とも呼ばれる。仏の出現の時に天から降る、美しい色と芳しい香りを持つ花と同名だ。そうだな……お前に、よく似ている……」
流し目くれながら雰囲気出してそう言った正宗は「実物はさほど香らない、白い笠みたいな花だがな!」と付け加えてげらげら笑った。
途中までは褒められたのかと錯覚したけど、よく聞いたら「毒花に似ている」って言われていた。
そして花を楽しみにしている私に「白い笠」とネタばらしまでしてきた。
「ところでどんなご用件でしょう? 春になりましたので私も忙しいのです。手短にお願いします」
「ははは! 怒るな怒るな!!」
イラッとしつつ用件を促した私に、正宗が笑いながら手を差し出してきたので、私はむすりとしたまま「何ですか?」と聞き返す。
すると正宗は、予想もしていなかった事を言いだした。
「先日渡した、手籠と風呂敷を返せ」