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198.正宗再来4


 すっかり春めいた畦道(あぜみち)に、可憐(かれん)な野花が咲き(ほこ)っている。

 若草の黄緑色が柔らかくて綺麗(きれい)だ。

 畦道の横には、去年までは無かった用水路が作られていた。


「今年は温泉のついでに掘り当ててくれた、横井戸(よこいど)からの水源があるからね。少しは楽になると思うんだけど」

「そおっすねぇ。水汲みって女の子たちには大変な作業っすから」


 ここから安定して水が引ければ、高台でも田が作れるようになるかな。

 今は利根川を水源にして田を作っているけど、川が氾濫(はんらん)すると被害が出る。近々、(つつみ)の事も考えなきゃ。


 うっかり考え込んでいると、小介がちょいと身をかがめて 私の顔を(のぞ)き込んだ。そしてちょっと嫌そうな顔で頭を()く。


「そういえばね、これ言っちゃうと雪村様、滅入(めい)っちゃうかもなんすけど。ココロの準備しといた方がいいかもだから教えときます」

「え? 怖いな、なに?」

「さっき取次(とりつぎ)んとこに寄ったら、奥州のあいつから(ふみ)が届いていましたよ。内容はわかんないっすけど」

「正宗殿から?」


 怨霊(おんりょう)退治も手作りお菓子イベントも済んだのに、いったい何の用だろう。

 ゲームでも『手作りお菓子イベント』が終わったら、雪村ルートのラスト付近まで接点が無いはずなのに。


「何の用だろうね? 怨霊はもう出ないだろうに」

「もーっ! 俺がこんなこと言うのもナンですけどね雪村様! あいつとはそろそろ縁を切った方がいいっすよ?」


 毎日、自分()ての恋文が届いていないかと取次のところに通っている小介だけど、最近 若い女の子たちに『早馬(はやうま)(きみ)』と呼ばれて人気がある正宗が、大変気に食わないらしい、って根津子から聞いた事がある。

 正宗本人は目を気にしているけど、顔立ちは整っているしお洒落(しゃれ)だからね。

「あいつ、俺と為人ひととなり(かぶ)っているんすよ!」と小介がとてもライバル視している。


 いつも飄々(ひょうひょう)としている小介が不貞腐(ふれくさ)れているのが面白くて「ああいう人は、若い子に人気があるもんだよ」と笑って(はげ)ましておいた。



 ***************                ***************


 小介を励ましつつ戻ったら。

 今度は政庁(せいちょう)前で、六郎がしょっぱい顔をして立っていた。


「……奥州の館殿が、邸でお待ちです」

「「もう!?」」


 思わず私と小介の声がハモり、六郎の声が重低音で(うな)る。


「もう来ましたよ。あの人、普通の文も早馬並の速度で届くと勘違いしているんじゃないですか?」

「それ以前に、まずはこっちの返事を待てって話っしょ!? もーっ!」


 小介が私の気持ちを代弁(だいべん)して、頭を抱えた。



+++


 待つことと、既読無視(きどくむし)が嫌いな奥州の殿様は、(あるじ)が居ない部屋で楽しそうに(くつろ)いでいた。部屋に置いてあった生薬(しょうやく)の草花を、珍しそうに(なが)めている。


「お前の部屋は()(ぱら)みたいだな。これは何だ?」

「朝顔ですよ。チョウセンアサガオ。どんな花か見たことが無いので楽しみです」

「ふうん。キチガイナスビか。これは毒だぞ。お前のところの忍びは使っていないか?」

「え!?」


 書籍(しょせき)には、生薬名はダツラで効能は『鎮痛(ちんつう)鎮痙(ちんけい)』って書かれていたけど。

 そういえば鳥兜(トリカブト)だって「附子(ぶし)」って生薬になるからなぁ。


 真木の(しの)びは、父上が山伏(やまぶし)頭領(とうりょう)だった関係もあって山伏が多い。

 私もこっちに来てから知ったんだけど、忍びの仕事は情報収集が主だから、まずは目立っちゃ駄目(だめ)なのです。

 手裏剣ぶっ放して火遁(かとん)の術! みたいな忍者は、ほぼフィクションでした。


 そういえば兼継殿も正宗も意外と毒に(くわ)しいな。

 この世界では暗殺なんて普通にありで、毒殺の防止に『毒見(どくみ)』って役職の人もいるくらいだからね。『()られる側』として、知っておかなきゃ駄目なのかな。


「何だ。本当に花が見たいだけだったのか?」


 本気で驚いている私を見て、正宗が鼻からばふんと鼻息を()き出して嘲笑(あざわら)う。

 ……ダツラは強い薬で、胡麻(ごま)と間違えて食べて中毒を起こす事があるって書かれてあった。私から胡麻団子(ゴマだんご)が届いたら気をつけろ、正宗さんよ。


「まあ そう怒るな」


 私の不穏(ふおん)な気配を察したのか、正宗が軽く()なしながら、(あで)やかに微笑(ほほえ)んだ。


「チョウセンアサガオは曼陀羅華(まんだらげ)とも呼ばれる。仏の出現の時に天から降る、美しい色と(かぐわ)しい香りを持つ花と同名だ。そうだな……お前に、よく似ている……」


 流し目くれながら雰囲気(ふんいき)出してそう言った正宗は「実物(じつぶつ)はさほど(かお)らない、白い(かさ)みたいな花だがな!」と付け加えてげらげら笑った。


 途中までは()められたのかと錯覚(さっかく)したけど、よく聞いたら「毒花に似ている」って言われていた。

 そして花を楽しみにしている私に「白い笠」とネタばらしまでしてきた。


「ところでどんなご用件でしょう? 春になりましたので私も忙しいのです。手短にお願いします」

「ははは! 怒るな怒るな!!」


 イラッとしつつ用件を(うなが)した私に、正宗が笑いながら手を差し出してきたので、私はむすりとしたまま「何ですか?」と聞き返す。


 すると正宗は、予想もしていなかった事を言いだした。


「先日渡した、手籠(てかご)風呂敷(ふろしき)を返せ」



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