表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

196/383

196.執政の逆襲3


 障子(しょうじ)()り飛ばされた部屋の中。

 薄暗(うすぐら)い奥の方まで引っ張り込まれた私は、兼継殿にぎゅっと抱き締められた。

 (スキ)をついて逃げるのを、まだ警戒されているみたいだ。


「……何故、お前は越後(えちご)に来なかった」


 怒られると思っていたのに、その声は消え入るように小さくて。私は驚いて兼継殿を見上げた。

 でも明るいところから、急に暗い室内に()()り込まれたせいか、表情がよく見えない。


「おなかが、痛くなったのです」

「その腹痛はこの先、越後に来る時期になれば起こるのか?」


 何でそんな事を聞くんだろう。

 不思議に思ってじっと見ていると、目が慣れたのかちょっと苦笑したのが判る。


「私に 会いたくないのだろう」

「いえ、そういう訳では」

「ならば何故、越後に来なかった」


 堂々巡(どうどうめぐ)りだ。

 おなかが痛かった。でもそんなの 本当は言い訳だ。

 行かなかったのは、兼継殿と顔を合わせるのが気まずかったから。


「……会いたくないのではありません。ただ、その……兼継殿を怒らせてしまったので、気まずかっただけです」

「怒らせた事など初めてではあるまい。やはりあの時に、口づけた事を(いと)うているのだろう」


 そりゃバグってあんな事をされればね。それなのにこっちばっかり意識してるのも恥ずかしいし、何て言っていいか解らなくなってきた。


「兼継殿は、私が言う事を聞かないからと お仕置(しお)きをしたつもりなのでしょうが、私は初めてだったのです。ああいう事は、好きあった男女がする事だと思っていたので……その……顔を合わせるのが恥ずかしいというか……」

「……なに?」

「だ、だからその……はじめてだったんです。……それで……どんな顔をしてお会いしたらいいのかわからなくて……」


 何でこんな事を言っているんだろう。

 そっちの方がよほど恥ずかしくて、顔を()らしたまま、もそもそと言い訳をする。

 しばらくたっても兼継殿が(だま)ったままなので、私はそっと見上げてみた。


 兼継殿が 声を殺して笑っている。


「笑いごとではありませんよ!? か、兼継殿があんな事をするから……っ!」


 文句を言う私に、笑いを(こら)えた声で すまんすまん、と軽く謝ってくるけど、全然反省している風じゃない。

 怒っている私を(つか)まえたまま、兼継殿の指が私の唇に触れる。


「何だ。全くの無頓着(むとんちゃく)という訳でも無いのだな」

「え?」

「口づけは『はじめて』だったか、済まなかった。では、どうしたら許してくれる? 仕置きでされるのは嫌だと言ったな?」


 あの怒り狂って乗り込んできたのは何だったんだ? ってくらい、いきなり機嫌(きげん)が直ったようだけど、こっちの機嫌は直ってない。


「そういう問題じゃありません。そうだ 兼継殿、雪村が男な以上、私もここでは男ですよ? 男同士でそういう事はしないんです」


 突然、大事なことを思い出した私は、きりりと居直(いなお)った。


 そうだ、私は雪村。そして雪村は『男』です。


 あろうことか雪村の留守中に、雪村のファーストキスを兼継殿に(うば)われてしまった。

 あああしまった……! 腹痛まで起こして恥ずかしがっている場合じゃなかった。雪村が戻ったらジャンピング土下座(どげざ)な案件ですよこれは!!

 兼継殿も兼継殿だよ! これじゃあ泉水殿が、必死でホモ疑惑(ぎわく)を打ち消してくれた意味が無いと思いませんか!?


 ほんとにもう、兼継殿も雪村に謝ってほしい。

 今度は頭痛を起こしそうな私とは対照的に、兼継殿はくつくつと笑ったままだ。

 そして。


「そうか。だが男同士で湯屋ふろには行くだろう。裸の付き合いに比べれば、口をつける程度の事など、どうという事もあるまいに」


 さらりと言って笑う兼継殿を、私は目から(うろこ)が落ちた気分で見上げた。

 え? すっぱだかになるお風呂より、キスの方が恥ずかしくないってこと?


 そうだ、ここは戦国時代。いつ(いくさ)が起きて、生死を彷徨(さまよ)うか判らない時代。


 もしかしてこの時代のキスって、人工呼吸と同じ感覚なのかな? アレなら確かに恥ずかしくない。

 なるほど、言われてみればそうか。


 ……

 …………そうなのか?

 言われてみればもっともなんだけど、うまく誤魔化(ごまか)されたような……



 何かよく解んないけど、兼継殿がそういう認識なのは解った。

 兼継殿にとっては銭湯>キス。人工呼吸=キス。

 こんな事で照れたり悩んだりする方が馬鹿だって事、なんだろう。


 なるほどなるほど。この世界の人って、皆そういう認識なのかな? 

 気持ちが軽くなって、私は兼継殿に笑い返した。


「兼継殿の機嫌が直って良かったです」

「では今度は、お前の機嫌を直さねばならんな。今は娘の身体だ。先ほどの前提(ぜんてい)には該当(がいとう)しないな?」

「え?」


 先ほどの前提? さっき何て言ったっけ?


 そう思いながら見上げていたら。

 いつの間にか 兼継殿の顔が近い。



 ***************                ***************


「雪村大丈夫!?」


 ばたばたと足音が聞こえて、桜姫が()け込んできた。そしてぎょっとした顔で立ち(すく)む。

 続いてすぐそばから「どうしたの桜姫!? ふたりは居た!??」って兄上の声も聞こえてきた。


 しまった! 今の私は、兼継殿に捕縛(ほばく)されている状態。……見ようによってはハグされているみたいに見えなくもない!

 兄上の声には、さすがの兼継殿もぎょっとしたみたいだけど、この体勢を誤魔化しきれる時間がない。


 その直後


「きゃああ(すべ)っちゃったあ!」


 わざとらしい悲鳴を上げて、桜姫が兄上に飛び掛かった。

 残っていた障子の向こうに、エルボーくらって吹っ飛ぶ兄上の影が映る。


 重ね重ね ありがとう桜井くん!


 私と兼継殿は即座(そくざ)に体勢を立て直し、兼継殿が蹴倒(けたお)してきた(ふすま)()め直しながら、奥へ奥へと逃げる事にした。


銭湯が一般化したのは江戸時代からで、初期の頃は混浴だったそうなのですが、そこは異世界設定ってことでお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ