191.『正宗の手作りお菓子』イベント勃発1
すっかり忘れた頃に「北の怨霊退治がまだだぞ。手伝いに来い」と正宗から招集がかかった。
こんなに時間が空いたのに、まだやってなかったのか。
「独眼竜を祀ったのですから瘴気は薄まったでしょう。この際に討伐隊を組織して、弱った怨霊相手に実戦してみるのも手ですよ」
そんな感じの返信をしてみる。
龍を祀っていても『歪』が開かない訳じゃないからね。備えあれば憂いなしだ。
聞き入れてくれるといいなぁと思っていたけど、正宗がそんなに殊勝な訳がない。案の定「約束は守れ」と、提案をあっさり蹴飛ばす内容の文が返って来る。
しかしそれに続く文言に、私は内心、小躍りした。
「つべこべ言わずに来い。先日、龍を祀る際に世話になった。礼がしたい」
文にはそのように書かれていたからだ。
『正宗の手作りお菓子』イベントだ! やっとフラグがたった!
これは『正宗から怨霊退治手伝いの依頼がきた時に『雪村に行ってもらう』を選択すると、数日後に雪村が「正宗の手作りお菓子」を持ち帰る』イベントが発生する。
これが起きると雪村ルートと通常ルートのエンディングが少し変化して、大阪夏の陣後に桜姫が館軍に保護されるイベントが挿入される。
桜姫の今後を考えるなら、是非とも起こしておきたいイベントだったのだ。
正宗には関わるな、と兼継殿には言われているけれど、礼をくれると言うんだから駄目だとは言わないだろう。
『近いうちにお邪魔します』と返事を返して、私は桜姫の都合を聞く事にした。
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桜姫にお泊りの都合をつけて貰い、私は簡単な戦支度だけで奥州を訪れた。
今回の討伐は奥州の北だから『歪』なしでは、ほむらを駆ってもちょっと遠い。
討伐が終わった日だけ、越後にお泊りさせて貰う予定だ。
それに正宗からの『お礼』も渡さなきゃだしね。
兼継殿はお菓子なんて食べないだろうから、桜姫にあげてしまってもいいだろう。
北側の怨霊は、独眼竜の神力復活が効いたのか、さほどの手間もなく片が付いた。
「もうこれで全部片付きましたか?」
「ああ。『歪』はこれが最後だ」
右目の眼帯を外して、周囲の霊力を探っていた正宗が、ふと気付いた顔になる。
「おい。この『歪』を残しておけば、奥州に来るのが楽になるか?」
「楽にはなるでしょうが、もう来ませんよ。怨霊がいないなら来る意味もありません」
「なるほど。じゃあここは塞がず残しておく。いつでも遊びに来るといい」
「人の話を聞いていますか?」
また怨霊を復活させる気だろうか。もともとさんざんズボラな事をしていたんだから、ちゃんと『歪』は管理しないと、あっという間に元通りだと思う。
でも余計な事を言って『手作りお菓子』を貰い損ねるとまずいので、私はさらりと聞き流す事にした。
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「では正宗殿、私はそろそろ戻ります。越後にも寄らなければなりませんし」
怨霊討伐は終わったのに、なかなか帰ろうとしない正宗に痺れを切らし、私は「早くお礼を寄越して下さい」の意味を込めて「越後」の名を出した。
兼継殿にお礼があるんですよね? さあさあ。
「おお、忘れておったわ」
嘯きながら、正宗が傍らに置かれていた荷物の中から、小さな包みを引き寄せる。そしてにやりと笑って私を見た。
「いいものをやる。目を瞑って口をあけろ」
「?」
「いいから」
仕方なく口を開けて目を瞑ると、口の中にふかふかの塊が入ってくる。
ふわりとした柔らかな食感、優しい甘さ、口の中の水分を全吸収するこの感覚……これは間違いなくカステラだ。
「おいしいです!」
「俺が作ったんだ、当たり前だろ」
もぐもぐ食べながら褒めると、正宗がまんざらでもない顔になる。
正宗の手元を見ると、包みの中には 切り分けられた黄色いお菓子が入っていた。
「すごいですね! ご自分で作られたのですか?」
驚いた私に気をよくしたのか、正宗が得意げに笑う。
「まあな。これは南蛮菓子の「かすてぃら」というものだ。麦を挽いたものに、牛の乳と鶏の卵と砂糖を混ぜる。それを木型に流し入れて蒸してみた。もう少し、改良は必要だがな」
おお……この時代の調理器具で……。私は素直に感心して、正宗を見上げた。
褒められてご機嫌になったらしい正宗が、にやりと笑って続ける。
「興味があるなら教えてやる。お前は料理が出来るのか?」
現世でならともかく、こっちの調理器具は使ったことがない。
正宗みたいに、もともと『料理好き設定』ならともかく、雪村がいきなりそんな事を始めたら周りに不審がられるだろうしね。
それでなくとも、いきなり見た目が変わって不審なんだから。
私はふるふると首を横に振り、それでもちょっとだけ女としての見得を張った。
『雪村』でも不審に思われない程度に。
「汁物くらいなら少々。戦が長丁場になれば、自分で食事を用意する事もありますし」
「そうか、なら今度食わせろ」
正宗は本っ当ぉぉに 次の約束を取り付けてくるのが上手いなぁ! しかしもう、その手には乗らない。
『手作りお菓子』が手に入ったら、雪村の『正宗イベント』は全部終了なんだけど。
「だが断る」的な選択肢を選んでも『次』のイベントが発生しそうな事を言い出すのは何故なんだ。
私は早々に会話を打ち切る事にした。
「いえ、料理上手の正宗殿に振舞えるほどの物は作れません。かすてら、ありがとうございました」
「そうか。なら今度教えてやる」
人の話きけよ。