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188.お茶会出陣1

「雪村、本っ当ぉーに! 何かあったらちゃんと報告してよ! 加賀の怨霊討伐(おんりょうとうばつ)に行って、政所(まんどころ)様と知己(ちき)になったなんて聞いてないよ!?」


 政所様から届いたらしき(ふみ)(にぎ)りしめて、兄上が沼田に乗り込んできたのは、怨霊討伐からひと月ほど過ぎた頃だった。


 そもそも私を桜姫と誤認(ごにん)していたくらいだ。連絡が来るとは思ってなかったから、また兄上への「報告・連絡・相談(ほう・れん・そう)」を(おこた)っていましたよ。

 ところで私に何の用だろう? 名前も名乗ってないのに。


「桜姫()てではないですか? あちらは私が『雪村』だと、知らないはずですよ?」


 そらとぼけて聞き返すと、兄上は珍しく座った目で私を見る。


「……うん。『父の不貞(ふてい)で生まれた身ゆえ、詮索無用(せんさくむよう)』って答えたそうだね? 父上、草葉(くさば)の陰で泣いてるよ?」


 吐息をつく兄上に、私はてへへと笑って誤魔化(ごまか)した。

 そうか、そうかも。ええと……ごめん。父上、兄上。



 ***************                ***************


 政所様からの文は、お茶会のお誘いだった。

 それこそ「なんで私が? 桜姫じゃなくて??」って案件だ。


 お茶会。いわゆるティーパーティー。

 ティーパーティーって響きだけならケーキと紅茶の女子会、って感じがするけど、戦国時代風のこの世界の『お茶会』がそんな訳がない。


 茶道だよ茶道。

 ごく少量の抹茶と指先くらいのお菓子を飲み食いするだけで、足の(しび)れと緊迫感(きんぱくかん)に耐えるあのイベントだ。

 この印象から判るだろうけど、私は茶道を習った事が無い。(あか)(ぱじ)をかくのは目に見えている。私は改めて兄上に向き直った。


「私には茶道の心得(こころえ)がありません。お断りして下さい」

「何いってんの。政所様のお茶会だよ? そんな事、出来る訳ないだろ。『私は次男坊だから大丈夫です』なんて言っているから、こういう事になるんだよ」


 兄上にぴしゃりと怒られて、私は兄上から茶道の特訓を受ける羽目(はめ)になった。


 茶道も武士の(たしな)みなんだそうですよ? 

 それで雪村も あの雰囲気(ふんいき)を嫌がって、茶道の作法(さほう)を覚えるのをサボってたんですって。……変なところで気が合うな、雪村。



 ***************                ***************


 兄上からぎっちぎちに作法を叩き込まれ、私はげんなりしながら上方(かみかた)に向かった。

 心の中では、まだ人違(ひとちが)いじゃないかと(うたが)っている。


 お茶会の前に政所様のところに挨拶に行った方がいいんだろうけど、あちらは私の名前も知らない(はず)なので、ちょっと敷居(しきい)が高い。

 なので美成殿にお願いして、政所様に引き合わせて(もら)う事にしたんだけど。


「まあ! 面白い子ね」


 謁見(えっけん)した途端(とたん)に政所様にころころと笑われて、私は美成殿と顔を見合わせた。

 ……何がなんだか解らない。


「ねい様、笑ってばかりでは話がまったく見えません」


 昔馴染(むかしなじ)みの気安さからか、美成殿が政所様の本来の名を呼んで、ちょっと()ねてるような声を出す。


「あらあら、美成も気付かないなんて。私がおかしくなったのかしら?」

「そのようですね」


 美成殿が冷ややかに言い返す。政所様もそういう美成殿には慣れているのか、気にした風もなく目尻の涙を(ぬぐ)った。


「だって女子(おなご)なのに、男子(おのこ)(よそお)いなのですもの。(かぶ)いているの? それとも最近流行(はや)りだという『とりかえばや』なのかしら?」


 言われてやっと気づき、私と美成殿は思わず顔を見合わせた。

 私も兄上も美成殿も『雪村は男』だと思っているから、『男』の正装(せいそう)で違和感を持たなかったけど、そういえば政所様には、女じゃないかと気付かれていたんだった。


「これは」


 言葉が続かなくて、美成殿が黙り込む。

 実は男だと言ったところで、天下人の正室(せいしつ)だった人を誤魔化(ごまか)せるとは思えないし、ましてや今までの経緯(けいい)を話す訳にもいかない。荒唐無稽(こうとうむけい)すぎる。


 もともと「詮索無用(せんさくむよう)の隠し子です」って後ろ暗い設定にしているから、訳アリだとは思ったんだろう。政所様もそれ以上ツッコむ事なく、笑って提案してくれた。


「明日は少し早くこちらにいらっしゃい? その様子だと女物の正装は用意していないのでしょう。可愛く(よそお)ってあげますよ」


 女物の正装……女装か。

 兼継殿はいないし、まあいいか。




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