表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

187/383

187.殿様と金色の小猿 ~side S~

 本日のは奥御殿には呉服(ごふく)商人が商売に来ていて、春物の小袖を仕立てるための反物(たんもの)が わんさか持ち込まれている。

 女ってこういうの 好きだよな。そこはどの世界でも変わらないらしい。


「姫さまはお可愛らしいですから、やはり薄花桜(うすはなざくら)の色がお似合いですわ」

「しかしそろそろ、大人の色気も必要でしょう。ここは紅躑躅くれないつつじも良いのでは」


 どうせ作ったところで侍女衆と雪村くらいしか見ないのに、季節ごとに新品なんていらねーだろ、とは思うのだが 、城下で材料の青苧(あおそ)を作っている奴、頑張って綺麗(きれい)な反物を()った奴のモチベーション向上の(ため)にも必要なんだろう。


 しかしそれはそれ、これはこれだ。

 いつ終わるとも知れない着せ替え人形に飽きて、俺はそっと部屋を抜け出した。


 (とが)められたら(トイレ)に行く振りでもすりゃいいか、などと思いながら歩いていると、陽当たりのいい縁側(えんがわ)に影勝が……いや殿様、いやいや義兄上様(おにいさま)がいらっしゃった。

 何をしているのかは知らんが、黙って庭を(なが)めている。


義兄上(あにうえ)様は、春物の衣装(いしょう)合わせは終わりましたの?」


 気さくに声を掛けると、ちょっと目を見開いた影勝が俺を見返してくる。

 影勝はここの主で殿様だが、この奥御殿内では非常に影が薄い。ここで寝起きしている筈なのに、居るのか居ないのか判らないくらいだ。

 まあ、侍女衆のキャラが濃すぎるだけかも知れんが。


「俺の小袖など、いつも同じような物だ。男物は面白く無いのだろう」

「わたくしは、着せ替え人形に飽きて逃げてきました」


 影勝は判るか判らんかくらいに表情を(ゆる)めて苦笑いしている。

 俺も苦笑いして、殿様の隣に座った。



 ***************                ***************


 座ったはいいが、お互い特に話題がない。俺たちはぼんやりと庭を(なが)めていた。

 前に雪が「影勝様は、沈黙(ちんもく)心地(ここち)いいタイプなんだよ」と言って居たが。

 なるほど、黙っているのが苦にならない。

 苦にはならないが「ではそろそろ戻りますわ」と切り出すタイミングも(つか)み損ねている。……まあ、殿様と一緒なら侍女衆も怒んねーだろ。


 季節は春。

 しかし影勝の部屋は『秋』をモチーフにした庭に面しているので、桜ではなく紅葉が樹々を(おお)っている。

 ひらりと散った紅葉が池に浮かび、水の下では同じ色をした鯉がすいと泳ぐ。


 (こい)……? 

 俺は雪村に(たく)されていた伝言を、不意に思い出した。


 沼田で初めて温泉が()いたとき。

 ほむらが沸騰(ふっとう)させたその池には、雪村が甲斐(かい)に戻される際に、影勝から餞別(せんべつ)(もら)った鯉が放されていたという。

 ()でられた鯉にちなんで「鎮鯉庵ちんりあん」「(コイ)の湯」と名付けられたその療養所(りょうようじょ)には、(のぼ)(こい)をモチーフにした 立派な慰霊碑(いれいひ)まで作られていた。

 しかし雪は、鯉を茹でたことを殿様に言い(そこ)ねているらしく「謝罪(しゃざい)する前に、それとなく影勝の耳に入れておいて欲しい」と頼まれていたんだった。


 茹でた鯉をこんなに大々的に(まつ)り上げるなんて、俺にはギャグにしか見えないが、 雪はいたって真剣だ。逆にギャグすぎて、殿様にどう伝えていいのか判らなくなり、つい放置してしまっていた。


 いや、やっぱり言わなきゃな。頼まれたんだし。


「義兄上さ……」


 呼びかけて ふと気が付くと、殿様が紅葉を凝視(ぎょうし)している。いや、正確には紅葉の隣に植えられた銀杏(いちょう)を、だ。

 釣られて俺も銀杏に目をやると、黄色い(おうぎ)みたいな葉に隠れるように、毛色の薄い小猿が見えた。

 じっと見る殿様を 小猿もじっと見返している。

 殿様が軽く手招(てまね)きすると、小猿はひょいと枝を伝って、その(ひざ)に飛び乗って来た。


「ずいぶん義兄上様に(なつ)いていますわね。前からのお知り合い?」


 猿相手に「お知り合い?」もおかしいが、初対面とは思えないくらい懐いている。

 それには答えず、殿様は無表情で小猿の頭を()でた。

 小猿を間近で見る機会なんてそうそう無いから、俺も興味津々で殿様の膝上を(のぞ)き込む。金色みたいな色合いの小猿は、大人しくてなかなか可愛い。



 ***************                ***************


「確か『上杉景勝(うえすぎかげかつ)が猿を飼っていた』ってエピソードがあるよ。無口無表情で 全然笑わない人だけど、その猿の猿真似をみて笑ったのが最初で最後、みたいな話だったと思う」

「なるほどな。道理で殿様に懐いたわけだよ」


 後日、雪からそんな話を聞いた。龍だったり鯉だったり猿だったり。殿様は動物に好かれるタイプなのかね。

 饅頭(まんじゅう)をもぐもぐ食べながら(うなず)く俺に、雪がもじもじしながら遠慮がちに聞いてきた。


「ところで桜井くん。鯉のこと、影勝様に話してくれた……?」


 やべえ。すっかり忘れてた。

 ……俺は饅頭に夢中な振りをして、その質問をやり過ごした。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ