182.恋愛イベント下準備2
どんなに好感度がいまいちでも嫌とは言わせない。雪村死亡回避の目は ここしかないんだから。
それなのに桜井くんは、ここにきても躊躇っているみたいだった。
「雪はそれでいいのか?」
「いいも何も。雪村の死亡回避する為なら何だってするよ!? 私だって転生早々、また早死にしたくないよ!」
「お、おう……」
私の迫力に押されたのか、桜井くんがちょっと引き気味に呟く。
そういえば桜井くん、兼継殿の恋愛イベントに失敗したみたいだけど、初対面でも失敗しているんだよね。攻略すると心を決めたなら、一応忠告しておこう。
「桜井くんは男の人で、乙女ゲームをあまりやらないだろうから教えておくね。男の人はたくさん褒めてくれる女の子とか、ボディタッチを頻繁にしてくる女の子が好みだろうけど、乙女ゲームはプレイヤーが基本女の人だからね。「媚びる女の子」は受けが悪いんだよ」
「ああ、妹も言っていたな。「女に気に入られない主人公は、●mazonのレビューで袋叩きだ」って」
「うん。だから乙女ゲームは『問答無用で媚びる』んじゃなく、そのキャラの『好みのタイプを演じる』のがセオリーです」
「ほうほう」
「兄上は『気が強いけれど、いざって時は自分を立ててくれる女の子』が好みだし、兼継殿は序盤からお花畑は駄目だよ」
桜井くんが『目からウロコ』って顔をして私を見つめている。……きっと今まで、『男の人が好みそうな女の子』を演じていたんだろう。
道理で序盤、桜姫のキャラがころころ変わった訳だよ。
偉そうに言っておいて何だけど、今の私は『雪村』なので『相手の好みを演じる』も何もあったモノではありません。
正宗とはガチ喧嘩だし、兼継殿や兄上の好みのタイプは、全く装えそうに無い。
気を取り直して、私は桜姫の肩をぽんと叩いて拳を天に振り上げた。
「じゃあ兼継殿の好感度稼ぎがんばろう! 私も協力するから」
他人の恋愛イベントに首を突っ込んでいるからか、ちょっともやもやするけれど。それには気付かなかった事にして、私は張り切っている振りをした。
*************** ***************
兼継恋愛イベント其の二は『恋を問う』。
兼継と仲良くなりたい桜姫が、共通の話題で会話を増やそうと兵法書を勉強して、兼継の質問にばっしばし答えて好感度を上げるイベントなんだけど。
その時、兼継の問いに全問正解したら「兼継殿は恋についてどう思いますか?」と質問する選択肢が出現して、これを選択すると好感度が爆上がりする。
何としても兼継殿の問いに、全問正解しなければならないイベントだ。
しかしゲームなら選択肢から選べばいいけど、こっちの世界では自力で答えなきゃならない。己の暗記力と勉強時間が勝負の鍵になる。
越後に戻ってきた私は、手荷物をほどきながら、さっそく桜井くんに確認した。
「桜井くん、兵法書って何か読んだことある?」
「あるわけないじゃん」
やる気に欠ける桜井くんは、だらだらと脇息に寄りかかりながら返事をする。
ですよねー。そうだろうと思って持ってきました。
私は解いた手荷物から一冊の書籍を取り出した。
「慈光寺の和尚様から貰った『孫子』がここにあります。まずはこれから覚えよう。解らないとこがあったら教えるから読んでみて」
そう言って書籍を差し出すと、1頁目を凝視したまま止まっていた桜井くんが、情けない表情をして顔を上げた。
「……漢文、ちんぷんかんぷんっす」
尼寺にいたから読めるかなーと思ったんだけど、お経と漢文は別物か。
それに私だって『雪村が読める』から理解できているだけで。本来の私は桜井くんと、どっこいどっこいだよ。
兼継殿の好みのタイプは『賢い女の子』だから、偽装に手間も時間もかかる。
いや、『手間』と『時間』で騙しきれるかどうかも怪しいところだ。
「わかった。じゃあ最初から説明するね」
私はさっそく桜姫の隣に移動して、一緒に書籍を覗き込んだ。
次の恋愛イベントは、心してかからねばならない。