180.異世界交差 ~side S~
「俺も中学で辞めたから、そんなに強くないけどさ。基礎を覚えておくだけでも役に立つと思うんだよ」
基立ちの姿勢から『順突き』という基本の突き技をやって見せ、俺はふうと息を吐いた。
今日の俺は、ロリっこ全開なツインテールにピンクの小袖、赤袴という可愛らしい出で立ちだ。これから空手の基本を教えるんだから、動きやすい服装じゃなきゃな。
「空手よりサッカーの方が女の子にモテるから」。
そんな若気の至りで、空手を捨ててサッカー部に入ったけど、こんな事になるなら続けておけば良かったよ。
ボールで敵は倒せないからな。
白い小袖に薄浅葱の袴をつけた雪も、真面目な表情でぺこりと頭を下げる。
「うん。よろしくお願いします」
ここは関所からほど近い森の中にある、ちょっと開けた野原だ。
わざわざ『関所の視察』を装ってこんなところまで来たのは、この世界に『空手』が無いからだ。
未知の武術を『尼寺育ちの姫君』が習得しているなんておかしいだろ。やっぱり。
*************** ***************
春になって、やっと影勝から越後を出るお許しを得た俺は、久し振りに沼田城下を満喫している。そして前に「空手なら教えられる」と言った事を覚えていた雪は、さっそく教えを乞うてきた。
今も根津子に古流柔術を教わっているが、女の非力な身体だと、抑え込まれた時に外すのがキツいんだとさ。
「兼継殿に抑え込まれたら、全っ然 振りほどけないよ? 背が高いからかなぁ」
「何でそんな事になってんだよ」
「そう言えば何でだろう。組手の鍛錬じゃないかな?」
いや。それホントに組手の鍛錬なの? お前、さらっと手を出されてない? ってツッコミなんだが。首を傾げている雪を見ていると、あいつの思惑が通じているとは思えない。
兼継も気の毒に。でも意外と陰では、やることやってんのな。
ぷすりと笑った俺の耳に、雪の真剣な呟きが聞こえてくる。
「古流柔術に、脇差を使って凌ぐ技があるけど。それを使ったら死んじゃうしね……どうやって外したらいいんだろう」
真剣な雪の表情に、笑いが すっと引っ込んだ。
*************** ***************
「引く方の腕を『速く・強く』を意識してやれば、突く方にも勢いがつくよ」
突き出された右腕じゃなく、ぽんと左の二の腕に触れて、俺は雪を見返した。
でも空手の突き技や蹴り技を教えたところで、相手も組み手で来なきゃ意味が無いんだよな。戦だと甲冑を着けているから、試合みたいにはいかないし。
どうすっかなぁ……
「いざとなったら急所を狙えよ。正拳以外の手技の使用部位も教えておく。まず掌底、これは相手の顎を攻撃する時に使う。貫手は目とか喉。水月や脇腹の攻めにも使うな」
「目かぁ……本気だね」
「こっちの世界じゃ生き死にに係わるからさ。雪は腕が細いから、正拳突きは本当に基本守ってやらないと手首折れるよ?」
「うん」
雪が真剣な面持ちで頷いた。
+++
「よし。ちょっと休もうぜ。俺って深窓の姫君だからさ、急に運動すると身体が追い付かないわ」
食っちゃ寝しまくりのだらけた身体は、ちょっと運動しただけで あっという間に音を上げた。
「あはは、そうだよね。ごめん」
真剣な面持ちで型を繰り返していた雪が、苦笑して俺を見返す。さすがと雪の方は まだ余裕がありそうだ。
「ま、基本はこんな感じだからさ。俺にかまわず続けて?」
陽当たりのいい若草に腰を下ろし、監督気分で雪を眺めていると だんだんと眠くなってきた。
目を閉じると、瞼の裏がミカン色だ。
ぽかぽかしてあったかいな、これが小春日和ってやつか。いや、小春日和って秋のあったかい日を指すんだっけ? 紛らわしいよな……
*************** ***************
頬杖をついていた腕ががくんと外れ、俺ははっと目を覚ました。
長ったらしいエンドロールが終わったらしく、目の前のパソコン画面には~Fin~の文字が表示されている。
Enterキーを押下すると「セーブしますか?」と、これも見慣れた文句。
強制終了なら画面が暗転してセーブされない。これが出たって事は、バッドエンドじゃないって事か。
死んだくせに
俺はふと辺りを見回した。
ここは俺の部屋だ。家に帰って来て、自室でゲームをしていたんだから当たり前だ。当たり前なんだが……何となく違和感があるのは何でだろう。
俺は大きく伸びをして、今晩だけで何度目かになる溜め息をついた。
勢いよく反り返ったせいで、椅子の背もたれがぎしりと軋む。
「こっちのルートも駄目か」
オープニングに戻った画面の右側に表示された「つづきから」をクリックしかけて、途中でやめる。
今晩はこの辺にしておこう。
風呂にもまだ入ってないし、今日は週の半ば、平日だ。
そんなにドはまりしている自覚はないのに、何故か気にかかる。
何度やっても見つからないのに、エンディングをしらみ潰しに探している。
パソコンをシャットダウンしながら、俺はもう一度 溜め息をついた。
「何で真木雪村だけ、どのエンディングでも死ぬんだよ?」
そして俺は、何故こんなに「真木雪村」のエンディングが気になるんだろう。