18.風雲 花見の宴2 ~side S~
翌日、俺は大阪城の花見に繰り出した。
美成には会った。俺としては大阪に用はもう無いんだが……
いやむしろ、悪目立ちするのが確定している分、気が重い。
送り出す雪村の顔が、久々に俺のお守りを免除される解放感に満ちているように見えるのは、たぶん昨日の美成の捨て台詞が原因だろう。
あの野郎……「せいぜい雪村の武運を祈る事にしましょう」とは何様だ。
俺は主人公姫で、あいつらは攻略対象なのに、ちょっと態度がでかすぎない? おかしいよね?
「雪村が居なくて心細いだろうけど、今日は僕で我慢して下さいね」
様子がおかしい俺を気遣ったんだろう。信倖が苦笑しながら傍らに立った。
雪村と目配せしているあたり、真木兄弟も 克頼を警戒しているらしい。
とっとと済ませて帰りたいなー。
俺はげんなりしながら、用意された輿にしぶしぶ乗り込んだ。
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大阪城に着いて間もなく、元から暗かった空から雨粒が落ちてきた。
それはみるみるうちに大雨になり、嵐みたいに荒れ始める。
「困りましたね、これは……」
美成が険しい顔で空を見上げた。
そりゃそうだよな、あんなに準備に忙殺されていたのに、それが無駄になりそうだもんな。
しかしどうも、そういう事じゃないらしい。
神様や霊獣が当たり前に居るこの世界では、悪天候は「神に祝福されていない」と判断される。
ようするに『富豊が主催する花見が嵐に見舞われる』って事は、富豊が神の怒りに触れたと思われるって事。それは天下人にとって非常に拙いようだ。
ふーん?
他人事のように聞いていた俺の耳に、とんでもない台詞が聞こえてきた。
「ここに居ります桜姫は、先代の信厳公と毘沙門天・上森剣神公の娘、神の子にございます。必ずやこの荒天を鎮め、富豊が神の恩恵を受けている事を示して御覧にいれましょう」
芝居じみた様子で余計なことを言い出したのは、言うまでもなく克頼だ。
はあぁああああ!? 出来るわけねーだろ、そんな事!?
そもそもゲームでは「神の子」発言をするだけで、嵐を鎮めろなんて展開にはならなかったぞ!?
「克頼様!」
傍らの信倖が、俺を隠すように前に出て、鋭く窘める。
当たり前だ。こんなムチャ振りされても、出来ないものは出来ない。
こんな大見得切って出来なかった場合のこと、こいつは考えているんだろうか。
いや、こいつが恥をかくだけなら別にいいけどさ。
さらっと上森まで巻き込んでいるあたり、質が悪くね?
実際、周囲は騒めき出して、収拾がつかなくなりつつある。
「空はじきに落ち着きましょう。皆々様、城内には各流派華道家元、渾身の作が数々出瓶されております。どうぞ中へ」
美成が、信倖ごと皆の視界を遮るように前に立つ。
その美成に 鈴を転がすような声が掛かった。
「武隈殿もそう仰っておる。ここは”神の力”を見せて貰おうではないか」
「お方様」
桜姫とはタイプが違う凄味のある美女が、口元を扇で隠して俺の方を見ている。
「お方様」って事は、これが富豊秀夜の母親、拠殿なんだろう。
思ったより若いな。いやそうじゃなく、どうしよう!
内心慌てまくりの俺に、別方向からも声が掛かった。
「そうですな。これでは富豊のご威光にも係わる。姫君、是非ともこの荒天を鎮めていただきたい」
何とここで、徳山家靖まで乗ってきた。
あぁああああ!!
桜姫は「姫神子」と言われているけれど、それっぽい神力を発揮しているところはゲーム中に無い。
怨霊を退治できる訳でも、怪我を癒せる訳でもない。
ただの「自称・神の子」だ。
その俺が、何でいきなりこんな事に…… 夢なら覚めてくれ、マジで。
自分でも、真っ青な顔をしているのが判る。
頭も身体もふらふらして、信倖が支えてくれていなければ、とっくにぶっ倒れているだろう。
そんな俺のそばに事の元凶・克頼が近づいてきた。
「……出来るな?」
「……出来るな?」じゃねーよ。何カッコつけてんだ、こいつ。
俺は薄衣越しに克頼を睨みつけた。
「出来ません。兄上様はわたくしの神力など、ご覧になった事がありまして?」
「剣神の娘なら出来て当たり前だろう。そも、その程度も出来ぬのなら神の子などと名乗るな」
「姫は「神の子」などと名乗っておりません。そう吹聴しているのは克頼様かと」
俺が口を開く前に、信倖がぴしゃりと言い返す。
ち、と舌打ちをした後で、克頼は見下げたような視線を信倖に向けた。
「本当にこれは父上の胤なのか? 武隈を謀ったのではあるまいな。神の力も揮えぬ無能に父上の娘を名乗らせるとは、真木はこの責任をどう取るつもりか。ああ、連れ帰ったのは穀潰しの弟の方であったか。ハッ、程度が知れるというものだな。父上も何故貴重な霊獣を、真木などに下賜したのやら」
神力が揮えないと知った途端にこの言い草。まるで俺や真木が、この事態を引き起こしたように責任転嫁しようとしてやがる。
俺はふつふつと怒りが湧いてくるのを感じた。
貧血起こしている場合じゃねぇよ。
ぴんと背を伸ばし、俺は克頼を睨みつけた。
「そうですわね。わたくしが母上様から生まれ、越後の尼寺に預けられた事は揺るぎない事実でございますが、父がどなたかは存じ上げません。不出来なわたくしは兄上様のおっしゃる通り、信厳公のお胤ではないのでしょう。なれば、わたくしが神力を揮えても、それは剣神の血ゆえ。武隈とは関係ございません。それで宜しいですね?」
「姫、控えなさい!」
美成が鋭く遮ってきたけど もう遅い。
周囲には、俺と克頼のやり取りを興味津々で眺めている大名たち。
「流石は毘沙門天の姫君。頼みましたぞ」
家靖も、手を叩きながら煽ってくる。
おれはここで きせきをおこさなければならない。
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俺のあんぽんたん。
そう思っても、覆水盆に返らず、破鏡再び照らさず 。ああ!
俺は俺の知る限りの、すべての神に祈りを捧げた。
神様・仏様・ゲーム制作会社様。
もしも本当に俺が神の子なら、もっとチートな性能にしておいて下さい。
ちきしょぉおお! 俺は出来る! 俺は出来る!
I can do it!! I can do it!!
頭がハゲるほど真剣に祈った後、俺は何かの技でも繰り出しそうな格好で、両手を頭上に激しく突き出した。
その途端、俺の身体から全霊力が噴き出して、空に突き刺さったかのような錯覚に囚われた。
足から力が抜けてへたり込むと、傍らに居た信倖が膝をついて俺の肩を支える。しかしその目は俺ではなく、空に釘付けになっていた。
衆人の目も俺を通り越して、空へと注がれている。
つられて見上げた空に、異変が生じていた。
荒れ狂っていた風雨が鎮まり、漆黒の雲が渦を巻く。
そしてその雲間からは 一条の光が差していた。
……おお、神よ……
俺は奇跡を起こした。
と同時に、富豊と徳山にモッテモテになるフラグを 自らたててしまった。
おかしい、自分でやっといて何だけど。
ゲーム中では大阪で、桜姫はこんな奇跡を起こさない。
一体どうなってんだ!?