178.加賀遠征2
むさ苦しい武士たちが、可憐なお花畑でたむろしている。
ここは越後の『夏之領域』。あたり一面に、白いマーガレットに似た花が咲き乱れているエリアだ。
「この白い花、白花虫除菊を摘んで下さい!」
私は摘んだ一輪を振りかざして武者たちにお願いした。
即座に「応!」と野太い返事が返る。
可愛いお花畑に似合ってないけど、これはもう仕方がない。
白花虫除菊は通称『除虫菊』と呼ばれていて、いわゆる蚊取り線香の原料だ。
そしてこの花は、生花でも除虫の効果があるけど、乾燥して粉になると殺虫になる。これは生薬の勉強をしている時に、兼継殿から教えて貰った知識だ。
除虫菊は『夏之領域』に咲いているから、これをほむらの熱で乾燥させて粉にする。それを土蜘蛛に使ってみようと思うんだよね。
土蜘蛛が弱って動きが鈍くなれば、加賀武士でも刀で討伐できるから。
ただ問題は『普通の蜘蛛用の殺虫剤』が怨霊の蜘蛛にも効くのかってところだよ。
とりあえず、何事も試して見なきゃ解らない。
まずは除虫菊の殺虫粉を作るところからだ。
花を乾燥させる為に、農家から納屋を借りている。先に行って内を温めておこう。
「では泉水殿、私は先にお借りした納屋で準備をしています。花を摘んだらまとめて持ってきて下さい」
「解った。でもお前、あまり無理をするなよ? その病、暑気あたりが原因だって聞いたぞ?」
泉水殿が少し心配そうな顔になる。
泉水殿の態度が昔のままだから気づかなかったけれど、やっぱり泉水殿にも心配をかけていたんだなぁ。何だか申し訳ないな。
あははと笑いながら、私は冗談を言った。
「ありがとうございます。ああでも、もう一度暑気あたりを起こしたら、逆に男に戻れるかもしれませんね」
「やめて! そんな事になったら兼継に殺される!!」
泉水殿が、真顔になった。
*************** ***************
「一気に片付けましょう。私がほむらと撒いてきますから、皆さんは結界の外にいて下さい」
「あまり無理するなよ」
心配そうな泉水殿と、お花畑イベントのせいで可憐な印象になってしまった越後&加賀武士の皆さんに手を振って、私は除虫菊粉を入れた袋を手にして、結界内に滑り込んだ。
相変わらず土蜘蛛はわんさか居た。二日前に多少は討伐した筈なのに、全然減っている気がしない。
私が結界内に滑り込むと、赤い目がいっせいにこちらに向けられる。
こんなに大量に居ると、見慣れている筈の怨霊なのにちょっと気持ちが悪いな。
「じゃあ行こう、ほむら。よろしくね」
霊炎が抑えられた喉を撫でると、ちょっとだけ振りむいてがおんと返事をする。
炎を纏っていないほむらは、真っ白な毛皮と金色の瞳の綺麗な虎だ。
ほむらは土蜘蛛の頭や背中を飛び移り、縦横無尽に駆けていく。
蟲体めがけて除虫菊粉をばら撒くと、細かい粒子が結界内に広がった。
ほむらに襲い掛かっていた数多の脚が、次第に緩慢な動きになっていき……やがて土蜘蛛たちが動きを止める。細かく痙攣しているものも居る。
良かった、効いた! あとは仕上げだ。
「ほむら。我慢させてごめん。もういいよ」
そう言って首筋を撫でると、真っ白で綺麗な虎体から紅い炎が噴き出した。
*************** ***************
結界内で爆発が起こり、ついでに結界まではじけ飛んだ。
すごい勢いだ。これが粉塵爆発ってやつ?
でもこの勢いなら、除虫菊粉も全部燃え尽きたよね?
「除虫菊の粉は殺虫成分が強い。粉をそのままにして結界を解くと、無駄に周囲の虫も駆除してしまいますから、最後にほむらの霊炎で粉を燃やします」
そんな感じで、泉水殿には簡単に説明しておいたけど、こんなに大袈裟に爆発するとは思わなかったな。
除虫菊粉で討伐、いや駆除されるのは虫だけじゃない。
蚊取り線香の成分である除虫菊は、粉状にした途端にけっこう強力な代物になって、蜘蛛はもちろん魚まで殺してしまうらしいんだよね。
魚が死ぬと、加賀領内の漁に影響が出る。
『土蜘蛛に効く』って確証も無しにこんな方法を試すって言ったら、きっと加賀武士たちに止められる。だから泉水殿にだけ話していたけど、上手くいって良かったよ。
ほっとして私は顔をあげた。
もうもうと立ちこめる煙の向こうに、びっくりしまくった顔の泉水殿や討伐隊の皆さんが見える。
びっくりしまくりって言うより、『恐怖に引き攣った』って表現の方がより近い。
しまった! 加賀武士の皆さんに「私は真木家の者なので、炎虎の炎は平気です」って説明しておかないと、私も怨霊扱いされそうだ!
「違うんです。ちょっと話を聞いて下さい」
慌てて駆けよると、普段は豪胆不敵な猛者たちが、悲鳴を上げていっせいに逃げ出した。
違う! 本当に違うんだってば!
なんで泉水殿まで逃げてんの!?