176.奥州の殿様と越後の執政3
かっぱぁぁぁ……
悲鳴と共に水柱が崩れ、大量の水が瀑布のように流れ落ちて池へと還る。
兼継殿の容赦の無さと、崩れた水柱の勢いにビビリ、私と正宗は思わず両手を握り合い、顔を見合わせた。
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静けさの戻った水面に、蓮の花が一輪 ぷかりと浮かぶ。河童を庇う暇も無い。
水滴を払って刀を鞘に収めると、兼継殿は絶句している私と正宗を振り返った。
「舘殿。ここに祠を建て、御神体となる水晶を納めろ。くれぐれも人目に触れさせるな。あとは神を祀る 通常の手筈で良い」
淡々と説明すると、まだ手を握り合っていた私を正宗から引き離し、そのまますたすたと歩き出した。
「ではお疲れ様でした。正宗殿」
引き摺られるみたいに連れて行かれながら、お暇の挨拶をする。
正宗が何かいいたそうに口を開いたけれど、結局何も言わずに軽く片手を上げた。
「そういえば北側の怨霊退治をしていない」って事に結構あとになってから気づいたけれど。引き止められなかったって事は、自力でどうにかするんだろう。
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「兼継殿、ありがとうございました。あれでは私が『龍の祀り方』を教えて頂いたところで無理でした」
すたすた先を歩く兼継殿を追いながら、私はお礼を言った。
ほむらを祀った浅間山には『先住の神様』が居なかったから揉めなかった。本当はこんなに大変なんだって知らなかったよ。
それに兼継殿は正宗が嫌いなのに、すごく親身に尽力してくれたしね。そこの所もお礼いっとかなきゃ。
「兼継殿は優しいですね」
お礼も兼ねてそう言ったら、兼継殿が急に足を止めて振り返った。
釣られて私も足を止める。
「お前、河童の対応に随分と引いていたではないか。世辞も度を過ぎると嫌味だな」
「正宗殿のことです。影勝様の龍を奪った因縁もありますし、こんなに親身に対応していただけるとは思っていませんでした」
ちょっと苦笑気味に返してきたので、私は慌てて言い訳する。
「館か」
しばらく黙っていた兼継殿が、ふと気が付いたみたいな顔をして私を見た。
「お前は随分と、館と親しいのだな」
「は? どこがですか?」
「どこがという訳ではないのだが。あのような遣り取りは、私との間には無いものだから」
そりゃあんなギスギスした遣り取り、兼継殿とした事なんてないよ。
あれ? もしかして……
「兼継殿は私のこと、『真木殿』って呼びたいのですか?」
「いや、そういう話ではないのだ」
こめかみを押さえて苦笑している兼継殿に、私も首を傾げる。
『真木殿』だと雪村か兄上かが判らないから? うーん……
でもこちらとしてもそういう話じゃない。私は兼継殿の顔を覗き込んだ。
「私は兼継殿に『真木殿』って、他人行儀に呼ばれるのは嫌ですよ?」
呼ばれ慣れてないし。
それに何だか改まって苗字呼びされると、すごく怒らせて説教される前兆みたいな緊張感がある、気がする。
そんなネガティブな心境で言ったら、兼継殿がちょっと驚いた表情をした後で、少しだけ悪い顔になった。
「ほう、他人行儀は嫌か。ならばもう少し踏み込んでも良いという事だな?」
「? いえ、現状」維持で
兼継殿を見上げたまま言いかけたら、いつの間にか顔が近い。
ええ!? 踏み込むってそのままの意味で!?? 近い近い!!
仰け反った私の身体を、兼継殿の手が支えてくれたけれど、その体勢にますます慌ててしまう。
「あ、あのちょっと、兼継殿」
「私にこうされるのは嫌か? 先程は館と手を握り合っていたではないか」
「だってあれはそんなんじゃなく。えっと」
拗ねている兼継殿なんて、本当にレアだ。
慌てた私があわあわ言い訳すると、それが面白かったらしく声を出して笑いながらぽんと私の頭に手を置いた。
「だが、付き合いの長い私が館と同じ『雪村』呼び、というのも面白くないな。……では今後、二人きりの時は お前の事を『雪』と呼びたい。それで良いか?」
「はい、それはかまいませんが……」
現世では親や友人にも『雪』って呼ばれていたから、それは別にいいんだけれど。何だか雪村じゃなく『自分』が呼ばれているみたいだな。
何て言ったかな、乙女ゲームで自分の名前を呼んでくれるシステム……ふおお……兼継の声優が私の名を……
うっかり馬鹿なことを考えたせいで、顔が熱くなってきた。顔を逸らしたいけど、頭に手を置かれているせいで動かせない。
よし、もしも何か言われたら夕陽のせいにしよう。だいたいそんな事で照れる方がおかしいんだから。
平常心平常心……
念仏みたいに心の中で唱えていたら、兼継殿がぽつりと何か呟いた。
聞きそびれて「何ですか?」って聞き返したけど、兼継殿は静かに笑ったまま何も言わない。
何て言ったんだろう。
結局、何て言ったのかは教えてくれないまま、兼継殿は私の頭をくしゃくしゃと撫でた。