表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

173/383

173.奥州遠征6


 正宗によると、あとは北方面の『(ひずみ)』を(ふさ)げばひととおりの処置が済むらしい。

 厄介(やっかい)ごとはとっとと済ませるに限るので、私は明日、もういちど奥州に来る約束をして正宗と別れた。



 ***************                ***************


 今日は越後にお泊りだし、前回と違って怨霊退治に手子摺(てこず)っていない。

 ちらちらと雪が降る昼下がり。のんびり奥御殿(おくごてん)に戻ったら、御殿の前で待ち(かま)えていた取次(とりつぎ)(という役職の人。文字通り来客を取り次いだり、影勝様への言上案件(ごんじょうあんけん)を取り次いだりする)に「執政(しっせい)殿がお待ちです」と取っ(つか)まった。


 何事(なにごと)だろう。

 そのまま兼継殿の仕事部屋になる【松の間】に通されると、書類に目を通していた兼継殿が目だけで『座れ』と合図してくる。


 今朝方、とっとと逃げたからお説教かな。でも正宗の件は兄上の許可が出ている。そういう案件には、兼継殿は口出(くちだ)ししてこないはずなんだけど。


 不思議に思いながら、私は兼継殿の手元を見つめた。何だか手にしている紙がキラキラしている気がする。

 手元を見ているのに気付いたのか、兼継殿が(わず)かに苦笑した。


「これは加賀(かが)舞田(まいだ)殿からの(ふみ)だ。あそこは金箔(きんぱく)の生産が(さか)んだからな」


 キラキラして見えたのは金粉だった。紙の表面に()き込まれているのかな。何だかそれだけで超高級素材っぽく見えて、さすが五大老筆頭(ごたいろうひっとう)からの文って感じがする。


「信倖から聞いているかも知れぬが、加賀の舞田殿はここ(しばら)く体調が思わしくない。領主の不調は領地に影響する。それ故、今の加賀近郊(きんこう)では怨霊が増えていてな。春を待って、越後から『討伐隊(とうばつたい)』を出す事になっている」


 あ、それ兄上から聞いた。美成殿と清雅が()めたってやつだ。

 そこらへんの揉め事には言及(げんきゅう)せずに、兼継殿が()ました顔をして私を見る。


「お前は怨霊相手に鍛錬(たんれん)がしたいと言っていたな? 信倖には私から話しておく(ゆえ)、『討伐隊』に加わり存分(ぞんぶん)に鍛錬してこい」

「……」


 そうきたか。

 正宗のとこに行くって逃げ出したのは今朝なのに、もう手を打ってきた。

 いや、奥州の怨霊退治はそろそろ終わりだし、ちょうど良かったんだけど……


「わかりました。お願いします」

「無理にとは言わぬが。何か不都合でもあったか?」


 ぺこりと頭を下げたけれど、食いつきが悪いところで(さっ)したんだろう。

 私はちょっと考えてから、口を開いた。行きたくない訳じゃないんです。


「館殿の場合は、私の外見を知った上での依頼でした。しかし加賀殿は私を知らず、五大老筆頭の大大名です。(おのれ)の領地に派遣(はけん)された『討伐隊』に(わらべ)が混じっていては、「軽く見られている」と気を悪くされるのではありませんか? そうなれば影勝様にもご迷惑をおかけしてしまいます」


 今だって正宗に『(わっぱ)』と軽く見られているし、私の見た目で『城代(じょうだい)』だと周辺(しゅうへん)の大名に()められるから、小介を『雪村の影武者(かげむしゃ)』にしてるんだから。


 私は結構(けっこう)本気でそれを心配しているんだけど、兼継殿は『何だそんなことか』って顔になる。


「『炎虎』を使え。あれは真木の正統な血筋の者でなければ使役(しえき)できない。真木本家(ほんけ)の者が討伐隊に加わったとなれば、舞田殿としても恩義(おんぎ)を感じるだろう。舞田殿は義理堅(ぎりがた)い方だ、何かの時の為に相識(そうしき)間柄(あいだがら)になっておく事は、真木の(えき)になる」


 なるほど、そういう事か。

 改めて討伐隊加入(かにゅう)のお願いとお礼を言うと、少し笑った後で兼継殿が、思い出したように顔をぷいと()らした。


「ならばもう、奥州に行く必要は無いな?」


 うわあやっぱり朝の件、まだ怒ってた! 

 どうしよう……「また明日行く予定です」って言いづらいな……でも黙って行ったらもっと怒らせるし……

 正宗も、影勝様の龍に手を出さなければ『(まつ)り方』で困ることも無かったし、兼継殿にここまで嫌われる事も無かったのに。

 いまさら言っても仕方がないけど。

 私は少し考えてから兼継殿を見上げた。


「奥州の『(ひずみ)』は、あと北側を(ふさ)げば終わるそうです。ただこのままでは、いずれまた『歪』が開いてしまいます。奥州では独眼竜(どくがんりゅう)を」

「『黒龍(こくりゅう)』だ」

「……龍を祀っていません。そのせいで龍が弱り、さらに怨霊の瘴気(しょうき)が満ちた土地のせいでますます弱っています。私は館殿に「上森から『龍の祀り方』を聞いてくる」と約束しました。どうか祀り方を教えていただけませんか? これは館殿の為にではなく、弱っている()()()()龍の為に、です」


『影勝様のため』。これ以上など存在し()ない、兼継殿にとってのパワーワードだ。

 これを言われて兼継殿が断れる訳がない。

 しかし自信満々で投げた変化球を、兼継殿はいともあっさり打ち返してきた。


「ならば黒龍を越後に戻せと言え。館には分不相応(ぶんふそうおう)だ」


 ……駄目だ。兼継殿を言い(くる)めるなんて出来そうにない。


 私は素直に「龍は館殿が手放しそうにありません。龍のためにも『祀り方』を教えて下さいよろしくお願いします!」とがばりと平伏(へいふく)した。


 頭上で兼継殿の、これ以上ない大きな溜息(ためいき)が聞こえてくる。

 

 ……何で私がこんな事をしてるんだろう?



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ