171.奥州遠征4
「あれ? 今回は槍も持ってきたんだな」
槍や鎧まで持ってきたから、今回は大荷物だよ。
桜井くんが不思議そうな顔をしたので、私も首を傾げて聞き返した。
「正宗から聞いてない? 怨霊退治を手伝う約束してるって」
「はあ!? あいつ、俺のとこには全然文を寄越さないぞ? 正宗イベントってまだ続いてたの!?」
それを聞いて私も驚いた。ゲームでは『雪村の怨霊退治手伝い』は桜姫からの依頼で発生するからだ。
うっかり名乗ったせいで、沼田に直接『早馬』が乗り込んできていたけど、まさか桜姫に文が行ってないとは思わなかった。
そうか……桜姫に文がきてないって事は、兼継殿も正宗の件は知らないって事か。それはちょっと気が重いな。
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こういうのは何故か、会いたくない時に限って会ってしまうもので。
翌朝、こっそりと奥御殿を抜け出したところで、私は登城途中の兼継殿とばったり出くわしてしまった。
胸当てだけの簡易な鎧でも、一応は戦支度だ。越後領内で越後の執政を誤魔化せる訳がない。
案の定、済ました顔で兼継殿が軽くジャブを打ってきた。
「ほう。私は知らぬが、越後領内で戦でもあるらしいな」
「おはようございます、兼継殿。越後領内ではありません。これからちょっと奥州に行って参ります」
「それについては忠告した筈だが。もう一度、言うか?」
ああ、まだバグったままかぁ。
仕方なく私は首を横に振って、兼継殿を見上げた。
「兄上から、手伝うようにと言われています」
「……なに?」
「館殿が兄上に直談判してしまったのです。ご忠告は心に留め置きますが」
兄上の名前を出したら、兼継殿はそれ以上ツッコんでこない。
大変レアなぐぬぬ顔の兼継殿に軽く頭を下げ、私はほむらに跨った。
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ほむらは火属性だから、雨や雪はあまり得意じゃない。
逆に独眼竜は、越後に居た頃は「黒龍」と呼ばれていて、北と冬と水を司っていたから冬は得意だ。
そのせいもあるだろうけど、独眼竜は初めて会った時より元気そうに見えた。
「ところで館殿。独眼竜の祀り方は解りましたか?」
「元気になった。問題無いだろうが」
素っ気なく言っているけれど、本心からそう思っている訳じゃないのは顔を見れば判る。
兼継殿と正宗の仲が悪いのは、ゲーム設定だ。余計な事はしない方がいい。
それは解るんだけど、このままじゃ独眼竜が可哀相だ。
「……上森に、龍の祀り方を聞いてきましょうか?」
消極的な気配を隠そうともせず提案したのに、正宗は食い気味に全力で乗っかってきた。
「そうか! お前がどうしてもというなら、吝かではないがな!」
何でスルーして欲しい提案には、プライドをかなぐり捨てて乗ってくるんだ……。そんなに独眼竜が心配なら、自分で上森に頭を下げて頼みなよ。
我ながら余計なことをした。
げっそりしている私とは対照的に元気になった正宗が、ふと空に視線を向ける。
釣られて見上げると、羽の生えた蛇――騰蛇が滑空していた。
騰蛇は、陰陽師が式神として使役しているものであれば、霊獣と同じカテゴリーの御神体だ。
『怨霊』とは言い切れない相手だけれど、この地に災いをもたらすならお帰りいただかなければならない。
私はちらりと隣に立つ正宗の様子を窺がった。
正宗は血筋のせいか霊力が強くて、怨霊を『見つける』のが早いんだよね。
自分からは全然動こうとしないけど。
「まずは地上に降ろしましょう。独眼竜、頼める?」
「おい! 独眼竜を使うなら俺の許可を得てからにしろ!」
「……『龍の祀り方』」
「よぉし仕方がないな! 独眼竜、童の頼みを聞いてやれ!」
金色の左目が正宗と私を交互に見る。そしてするりと龍体をくねらせて私を背中に乗せると、一息に空へと舞い上がった。
ど、どくがんりゅう……! わたしは「騰蛇を降ろして」と言ったのであって、「連れていって」とは一言も……っ!!
うっかり悲鳴を上げて龍の首にしがみついた私を見て、正宗が涙を流してげらげら笑っているのが、遠く地上に見える。
それが腹立たしくて、私は「今のはびっくりしただけです。怖くなんてありませんとも」って顔を作って体勢を立て直し、右手の槍を構えなおした。