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168.【番外編】越後侍女Aの日誌2


 雪村が来てから随分(ずいぶん)たちます。そろそろひと休みしても良い頃合(ころあ)いでしょうか。

 私は侍女頭(じじょがしら)に確認を取りました。


「そろそろお茶を持っていって良いでしょうか?」

「そうね」


 ひとつ咳払(せきばら)いをした侍女頭が、ちらりと振り向きます。


「では雪村の茶菓子は私が持って行きましょう。兼継様の分は貴女が持ってきて頂戴(ちょうだい)


 奥御殿から呼び寄せた侍女に声を掛け、私達は陣太鼓(じんだいこ)に送られて、物々(ものもの)しく(くりや)を出発しました。


 二組の茶と茶菓子に侍女が六人。

 配分がおかしいですが、それを指摘できるほど私は命知らずではありません。


 忍び対策として張られた鴬張(うぐいすば)りの廊下。

 足音を忍ばせようとすればするほど音が鳴るというその床を、足音もたてずに侍女衆は進んでいきます。

 萌えは時に、忍びの技すら凌駕(りょうが)するようです。


「お茶をお持……もが」


 兼継様の部屋に着いて、中に声をかけた私は、侍女頭に口を(ふさ)がれました。

 驚いて目だけで振り返ると、侍女頭の目は鷹のように鋭く(すが)められています。

 そしてそれは周囲の侍女衆も同じ。


 (たか)に捕まったひよこ気分で、目だけをきょろきょろさせていると、やがて部屋の中から雪村の苦しげな声が()れ聞こえてきました。


「兼継殿……私はもう無理です。少し休ませて下さい」

「済まない、つい夢中になってしまった。無理をさせたようだな」


 侍女頭が私を放り出し、(ふすま)に殺到した侍女衆が一斉(いっせい)に耳をくっつけました。



 ***************                ***************


 少しでも声を盗み聞こうと、(しょ)先輩方は()し合いへし合いしながら襖に取り付いています。

 突然、悲鳴に似た声が(ひび)き渡り、皆さまは更にぐいと耳を襖に押し付けました。


「痛い……! 兼継殿、痛いです! もう少し優しくして下さい……っ」

「少し我慢しろ。慣れれば楽になる」

「申し訳ありません。私はこのような事に慣れていなくて……」


 襖に耳をつけなくても、声はばっちり聞こえてきます。

 ……私、兼継様に人払(ひとばら)いの指示は受けてませんよね……? いや、どうでしたっけ??

「急ぎの用件以外は取り次ぐな」と「雪村が疲れているだろうから茶菓子をつけろ」としか……


 ああそうですか。この台詞で侍女頭は、奥御殿から侍女衆を召喚(しょうかん)したのですか。

 私は全然気づきませんでした。



 他の侍女衆の皆さまは『写本製作』という使命がありますし良いのでしょう。

 しかし私は『写本(しゃほん)』をしている訳ではありません。ここでこのまま盗み聞きをしていて良いのでしょうか。


 ……何だか良くない気がします


 私はそろそろと後退(あとずさ)り、足音を忍ばせてその場を後にしようとしました。

 しかし廊下は鴬張(うぐいすば)り、慎重にも慎重を()さねばなりません。



 ***************                ***************


「どうだ。少しは楽になったか?」


 中での『行為』はまだ続いているらしく、兼継様の笑いを(ふく)んだ声が聞こえます。


 ここはもうちょっと、意地悪な言い方でも良いのでは……

 そのように気を散らせたせいでしょうか。


「はい、気持ちいいです」


 雪村の明るい声と、私が足を(すべ)らせて、襖に取り付く皆様の上に倒れ込むのが同時でした。



 ***************                ***************


 襖を押し倒して中に雪崩(なだ)れ込んだ私達が見たものは、紙と本が散乱した部屋。

 そして右肩を回してぽかんとしている雪村と、その肩をほぐしていたらしき兼継様でした。


 ええ、どこからどう見ても肩もみですね、わかります。


 これだけ紙だらけならお茶はいらない訳です。(こぼ)しでもしたら大惨事(だいさんじ)ですもの。


 しかし歴戦(れきせん)の勇者たる諸先輩方は、それで(ひる)むような方々ではありません。

 至極(しごく)優雅に襖と体勢を立て直して撤退(てったい)した後に、雪村に向けて注文を出しました。


「雪村、最後の「気持ちいいです」は少し違うわ。もっと情感を込めて言って頂戴」


 確かに最後のその台詞は、場違(ばちが)いに元気で色気がありませんでした。

 もっとこう……切なげな感じで言い直して欲しいです。


「気持ちいいです……?」


 素直な雪村は、素直に言い直してくれました。

 こんな素直な雪村に「もっといかがわしい感じで!」と再注文を付けるのは可哀相でしょう。

 たぶんあの子は、自分が何をやらされているかも解っていない(はず)です。


「求めるものとは少し違いますが、まあ良いでしょう。戸惑(とまど)った言い方も悪くないわ」

「雪村、「兼継殿」を冒頭(ぼうとう)に入れてもう一度」


 相手の素直さに()()み、先輩侍女の一人が(さら)に斬り込んだその瞬間。


 その場に居た全員のこめかみあたりに キン と殺気が(はし)り抜け、私達は蜘蛛(くも)の子を散らすように散開(さんかい)しました。



 敵から逃げ切る極意(ごくい)は固まらないこと。

 私は初めての実戦でそれを体得(たいとく)したのです。



 ***************                ***************


「これで貴女も立派な越後の侍女ね。しっかり(はげ)みなさい」


 奥御殿の老女の前で、私は床に額をつけて平伏しました。


「ご老女、お栄は(すで)に『鴬返(うぐいすがえ)し』を体得しております。将来有望かと」

「まあ!」


 察するに『鴬返し』とは、鴬張りの廊下を音をたてずに歩く技術の事みたいですね。

 私は顔を上げ、老女と侍女頭を交互に見て微笑みました。


「私は兼継様のご実家の与板(よいた)に縁があります。どうぞよしなに」

「期待していますよ、お栄」


 私達は顔を見合わせて おほほと高笑いしました。



 やがて私は著名な兼継×雪村の書き手となりますが、それはまた別の話。


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― 新着の感想 ―
与板に見覚えあっても どこだっけと思いながら先が気になって読むことを優先したけれど、兼継の実家か。なるほど。 回の始めにちょっとした謎を入れておいて、終わり際にさらっと答えに繋がるものをだす書き方って…
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