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167.【番外編】越後侍女Aの日誌1


「これから少し立て込む予定だ。御殿(ごてん)から使いが来ても、緊急以外は取り次がないでくれ」


 とある朝の直枝邸。

 兼継様がそうおっしゃったので、私は はい、とお返事しました。



 私の名は(えい)

 父が兼継様のご実家である与板(よいた)城の大殿様にお(つか)えしておりまして、私はそのご縁で兼継様のお邸にお勤めしております。


 今日は雪村がこちらに来る予定ですが、何か厄介な事でもあったのでしょうか。

 そういえば兼継様が登城しないなど、珍しいことです。


「お茶はいつ頃、お持ちしたら(よろ)しいですか?」

(しばら)く後にしてくれ。多分その頃は雪村が疲れているだろうから、茶菓子も頼む」


 少し考えた後、そのように(おっしゃ)って、兼継様は(ふすま)を閉めました。



 ***************                ***************


「兼継様は、これから少し立て込むそうです」


 言われたまま伝えると侍女頭(じじょがしら)、そして周囲の侍女衆の目がきらりと輝きました。


「いよいよ来たわね……!」

「伝達では臨場感が伝わりません。至急、奥御殿(おくごてん)に使いを!」


 何が何やら解りませんが、こちらも立て込み始めたようです。

 戸惑っている私に、侍女頭が笑って教えてくれました。


「お栄はこちらにきて初めての冬ですものね。そうね、大事な事だから教えておくわ。奥御殿の侍女衆が冬の内職に『写本(しゃほん)』を(おろ)しているのは話したわよね? 私達の任務はその『後方支援』。これも大事なお仕事よ?」

「いつもの年は『冬之祭典(ふゆのさいてん)』にだけ卸していたのですけど、この冬は雪村本の売れ行きがとても良くて。急遽『春之祭典(はるのさいてん)』に再販本を卸す事になったの」

「ここで燃料投下が(かな)えば、短期間での新刊発行も夢ではありませんわ!」


 侍女仲間たちがきゃああと、手に手を取って盛り上がっています。内職ごときで随分(ずいぶん)大仰(おおぎょう)ではないでしょうか。

 しかし興奮に頬を紅潮(こうちょう)させた侍女が奥御殿から派遣(はけん)され、私は大変な事態に巻き込まれつつある事を実感せざるを()ませんでした。



 ***************                ***************


 毎年師走(しわす)上方(かみかた)で開催される『冬之祭典(ふゆのさいてん)』。

 越後の侍女衆は、それにむけて『写本』を卸しているのだそうです。


 写本……私の知識が確かならば、それは『伊勢物語』や『源氏物語』などの物語を書き写した物を()すはずです。

 しかしここで言う『写本』とは、紫式部(むらさきしきぶ)よろしく『己で(つむ)いだ恋愛物語』を大量に『写本』する事を意味します。


 奥御殿では毎年『冬之祭典』に、様々な趣向(しゅこう)の恋物語を(つづ)って卸していました。

 しかし(ほとばし)る妄想力にも限りがあると申しましょうか。

 代わり()えのしない劇中人物(カップリング)ですと どうしても食傷気味(しょくしゅぎみ)になってしまい、それが売上にも響いて、奥御殿では危機感を(つの)らせておりました。


 そこに爆弾を落としたのが、『五年前、男どもを手玉に取った挙句(あげく)に故郷に帰った(いま)かぐや姫』雪村が戻ってきたこと。

 おまけに『女子になる病』に(かか)るという、毘沙門天の悪戯(いたずら)としか思えない事態が発生した事です。


 現実が妄想を超えた事態に、越後の侍女衆は沸きに沸きました。


 闊達(かったつ)で社交的なのに、案外女性には淡白な兼継様が、女子になった雪村を昔以上に可愛がっている(らしい)のも、侍女衆の妄想に拍車(はくしゃ)を掛けます。


『らしい』というのは、その頃の私は与板に居たので、『五年前』に関しては伝達でしか知らないからです。

 いえ、むしろその頃の与板では『雪村』の名は禁句でした。


 それはともかく。

 雪村が戻ってから侍女衆の筆は、炎の中から(よみがえ)った不死鳥の如く、熱く萌え上がりました。

 しかし人とは強欲なもの。

 更なる萌えを求めて、奥御殿では桜姫の囲い込みを始めたようです。

 桜姫を守護する役割を()った雪村は、桜姫が居なければ越後には来ないので。


 剣神公の御息女(ごそくじょ)で、神子姫である桜姫ですら『萌え』の前では単なる(エサ)


 以来、兼継様と雪村の居るところには、壁に耳あり障子に目あり。

 可能ならばくノ一を使って天井裏をも張り込みたいところでしょうが、流石(さすが)とそれは叶っていません。



 そして迎えた今年の『冬之祭典』。

 女子になった雪村を見本(モデル)にして書かれた『雪村本』が歴代最高額を叩き出し、手に入れそびれた姫君たちから再販要請(ようせい)が殺到したのも初めての事でした。


 今の奥御殿では再販の写本、そして今年初めて卸すことになった『春之祭典』に向けて、今紫式部たちが絢爛(けんらん)たる恋物語を新たに綴っている最中(さいちゅう)なのです。

 今、燃料投下が叶うならば、『春之祭典』に相応(ふさわ)しい、百花繚乱(ひゃっかりょうらん)たる写本の数々が花開くでしょう。


 すべては越後の副収入の為。

 そう言われれば兼継様も、黙るしかない(はず)です。



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