表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

165/383

165.執政の接待と春之祭典1

 そろそろ越後に行く時期だな。


 私は障子を少しだけ開け、ちらちらと雪が降り始めた空を見上げた。

 越後はここと違って豪雪地帯だから、ちゃんと身支度(みじたく)をしていかないと、ほむらに乗っていてもさすがに寒い。


 冬の間は桜姫は越後で引き(こも)り。そしてひと月おきに私が越後に顔を出す、という取り決めになって二か月が過ぎた。

 こんな面倒な事をしていると、桜姫は実家の上森に常駐していた方がいいのかなと思うけど、桜井くんと離れるなんて私が困る。


 そうだ。今回は越後に行く前に上田に寄って、兄上にお願いしなきゃならない事があるんだった。



「雪村さまぁ、お着替えはこれでいいですかぁ?」

「うん。越後に行く前に上田にも寄るから、兄上にもお土産を用意してくれる? そうだ、干し柿を作ってたよね?」


 風呂敷に筆記用具を詰めながら、私は根津子に返事をした。

 ふた月前の滞在は突然だったから、全然お泊まり準備をしてなかった。全部あちらのお世話になったんだけど、洗い替えが無くて、女物の小袖(こそで)を着せられたんだよね。

 だから男物の(あら)()えは必須だ。


 荷物を(まと)めながら、私はちょっと笑ってしまった。

 数日だけの滞在なのに すっごい大荷物だ。


「雪村さま、嬉しそうですねぇ。会いたい方でもいらっしゃるんですかぁ?」

「うん。前に桜姫が干し柿が食べたいって言ってたんだ。ちょうど良かったなって」


 くすくす笑って聞いてくる根津子に笑って返す。

 ここで作っている干し柿は、しっとりとした歯ごたえで甘味が強く、大変美味(びみ)だ。


「こちらの侍女衆の自信作ですよ! 喜んでいただけると思います!」


 大笑いしながら、根津子はどんと胸を叩いた。



 ***************                ***************


 干し柿が好きな兄上は、嬉しそうに包みを受け取りながら聞き返してきた。


「佐助を?」

「はい、相模(さがみ)で探りを入れたい事があるのです」

「まだ修行中の半人前だよ。本当に佐助でいいの?」


 はい。だって本職の忍びを借りて何事も無かったら、ちょっと気まずいから。


「いったい何を探りたいの?」



 何て答えるべきだろう。

「沼田城が東条家に奪われるかも知れないから」

 ……って言っても、こっちの世界ではどうなるか、まだ未定だからなぁ。


 しばらく考えてから、私はとりあえず『確定している』事で言い(つくろ)う事にした。


陰虎(かげとら)様の重臣に、首藤殿という方が居るのですが。その方に注意しろと言われているのです。なのでその動向(どうこう)を少々」

「ふうん。何かしたの雪村?」

「何かしたのではなく、されそうなのです。首藤殿が衆道だそうですよ」


 兄上が、目を丸くした。



 ***************                ***************


 今はまだ雪深いけど もう少しで春になる。

 領民に採取を頼む為にも、もう少し生薬(しょうやく)の勉強をしておきたい。

 だから今回の滞在では、兼継殿に生薬の書籍(ほん)を見せて貰おうと思っている。何冊か持っていた(はず)だ。


「兼継殿!」


 御殿の前で仕事が終わるのを待ち伏せて、私は兼継殿に駆け寄った。積もった雪で足をとられそうだ。

 空はもう真っ暗なのに、周囲が白い雪に(おお)われているせいか、薄ぼんやりと明るい感じがする。

 そのせいで、兼継殿が少し驚いた顔をしたのもよく見えた。


「もうそんな時期か。今度は何だ? 最近お前を見ると、どんな厄介事(めんどう)を持ち込むのかと不安になるな」


 私が雪村じゃないって解っても、今まで通りに接してくれてほっとする。

 だから私も、今までしていたように照れ笑いで誤魔化(ごまか)して、さっそくお願いごとを切り出した。


「少しお願いがありました。兼継殿は生薬の書籍を持っていましたよね? どのような物か見せて頂けたらと思いまして」


 漢文を読むのが趣味の兼継殿の部屋には、とんでもない量の書籍がある。

 ちょっとした図書館並みだ。


「どれの事だ? 神農(しんのう)本草経(ほんぞうきょう)か? 本草網目(ほんぞうこうもく)か?」

「えっと……」


 そこまで解らない。とにかく私の頭で理解できて、なるべく(くわ)しいやつがいいな。

 しかしそう言われても、私の頭の出来なんて兼継殿には判らないから、お互いに黙り込んでしまった。


「書籍の内容を(あらた)めた方が早そうだな。私の邸に来るか?」

「はい! 今からいいですか?」


 ちょっと考え込んだ兼継殿が提案してくれたので、私は一も二も無く飛びついた。

 善は急げだと張り切って答えたのに、兼継殿はしばらく黙って私を見つめた後で、とんでもなく深い()め息をつく。


「……明日 明るくなってから来てくれ」


 冬だから暗いけど、まだ暮六つ(午後六時)だよ?

 まだまだ夜はこれからですよ! という私にはお(かま)いなしで、兼継殿は私を奥御殿へと続く扉に押し込んだ。



 ***************                ***************


 翌日、陽がそこそこ高くなってから兼継殿のお邸に行ったら、兼継殿がまだ居た。


「兼継殿、お仕事は良いのですか? 私は適当に見せて貰いますから、どうぞお仕事に戻って下さい」


 参考になりそうな内容はちょっとメモらせてもらおうと、紙や(すずり)をばさばさ持参している私に、兼継殿が苦笑する。


「そう邪険(じゃけん)にするなよ。前に言っただろう。お前は沼田の城代なのだから、次に来た時は接待してやる、と」


 言われてみればそんな話をしていた……けどこれ、めっちゃプライベート案件なんですけど。

 まあでも兼継殿は、いつも仕事ばっかりしてそうだしね。たまには『接待』名目(めいもく)でサボるのもいいか。


「ありがとうございます。兼継殿が居てくれるなら、いろいろと聞けて助かります」



 その時は特に考えずにそう言ったけど、後で死ぬほどそれを実感する事になる。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ