163.正宗再来2
「戦でもないのに城代を乱取りとはたいした度胸ですね。童だからと馬鹿にしないでいただきたい」
がっちり龍の鬣を掴んだまま、私は精一杯の虚勢を張った。
こんな上空、命綱も無しで飛ぶなんて 正気の沙汰とは思えない。何で影勝様は神龍で移動しないんだろうと思ってたけど、普通に怖いわ、これ。
「高いところは苦手か? 馬鹿じゃないようで何よりだ!」
びくついてるのを察したらしい正宗が、鼻で笑って小馬鹿にしてきたけれど、高い所が平気そうなご自分の事はどう思っていらっしゃるのやら。
しかしうっかりそんな事を口走ったら、龍の背から落とされそうだ。
私は慎ましく口を噤んで、鬣を掴む手が赤から白に変わっても必死で鬣を握り締め続けた。
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冬の上空は冗談抜きで寒い。着ていた綿入れは風を通すから、全然防寒着の役目を果たしてない。
「おい、寒くないか?」
正宗が声を掛けてきたのは、たぶん自分が寒くなったからだと思う。
私よりも我慢出来たのは、私が風除けになっていたからだろう。
「寒いに決まってるじゃないですか。準備もさせずに連れ出しておいて」
憎まれ口を叩いたけれど、寒さで半ば口が回ってない。それでも何を言っているかは解ったらしく、正宗が後ろから抱き付くみたいな感じで外套を被せてきた。
「ちょ、やめて下さいよ。どうせなら外套だけ貸して下さい」
「阿呆、俺だって寒いわ!」
速攻で正宗が切り返してくる。
何だかあまり近付かれると むずむずして逃げたくなるけど、外套は皮素材なのか風を通さなくて、寒さが幾分ましになった。
仕方がない、しばらくの辛抱だ。
二人羽織みたいな恰好になってる私と正宗を乗せた独眼竜は、滑るように奥州へと飛び続けた。
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今回の怨霊退治は、最初からおじいちゃん僧侶が同道していて、『歪』を片っ端から塞いでいった。
さすがと前回のだいだらぼっちは堪えたみたいだ。
「怨霊退治は『討伐隊』を編成して当たらせた方がいいですよ。いくら強いとしても、舘殿は領主なのですから」
よく考えたら、弱った神龍を連れて当主自ら怨霊退治している、っていうのも、何だかおかしな気がする。
越後では最初から『歪』を塞いでいるし、土地が神気に満たされているから滅多に開かない。旧武隈領では『歩き巫女』という、忍びも兼ねた巫女が領内の『歪』を管理していた。
そういう管理をしてない国は、霊力が高い武士で編成された『討伐隊』を組織して怨霊退治しているのが普通だ。普通なんだけど……
「……もしかして奥州には、霊力が高い武士があまり居ないのですか?」
「ほっとけよ」
むすりと正宗がそっぽを向いた。あ、図星だ。
こっちの世界の『霊力』とは、個人の身体能力みたいなもので、人によって差がある。
霊力が高い者なら怨霊を斬ることも出来るけれど、低い者だと姿を認識するのも覚束無い。
いくら武芸に優れていても『見えて』なきゃ戦えないからね。何かこう、怨霊相手だと戦い方が違うんだよ。
まして霊力は、生まれついてのものだからなぁ……
ちなみに正宗の霊力の高さは、ゲームによると母親譲りだ。
正宗母は出羽・茂上家の出で、茂上家は霊獣・妖狐を擁する大名だから。
兼継ルートの最終戦『長谷堂城撤退戦』はこの茂上家との戦になる。
気を取り直して、私は言葉を続けた。
「でしたらますます『歪』の管理は慎重にすべきです。僧侶か陰陽師に管理をまかせてはどうでしょう? 塞いでもすぐに開くというなら、まず領地の乱れを正して」
「お前はやたらと詳しいが、何故そんな事を知っている?」
そっぽを向いていた正宗がこちらに向き直り、腰に手を当てて踏ん反り返る。
ゲームで得た知識と兼継殿情報、どちらを話すべきか迷った末に、私は兼継殿情報の方を話すことにした。ゲームの方を話すと出典を聞かれた時に面倒くさい。
「話した事がありませんでしたか? 私は子供の頃、上森家に人質に出されていました。その時に世話役だった直枝殿から教えていただいたのです」
「直枝か……っ!」
腰に手を当てたまま、正宗ががくりと項垂れる。
ゲームの正宗と兼継殿は『忠告イベント』くらいしか接点が無かったけど、現世の歴史では伊達vs直江エピソードがいくつか残されていて、いやあ直江さんは伊達さんがお嫌いですね、って感じのものばかりだ。
正宗の様子から察するに、こっちの世界でも確執がありそうだなぁ。
ああそうだ。独眼竜は館と上森が戦になった時に、正宗が無理矢理奪って館の霊獣にしたんだっけ。
影勝様の龍に手を出したんだから、そりゃ兼継殿に死ぬほど嫌われるよ。