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162.正宗再来1

 温泉の湯気がもうもうと立ちこめ、辺りを白く(くも)らせている。

 着ていた綿入れが熱を吸収して、冬なのに暑い。


「立派なのが出来たね」

「そりゃ領民に開放するってんですからね。みな張り切るでしょう」


 隣を見上げて()めると、腕を組んだ森月も顔を(ほころ)ばせている。


 領民に普請(ふしん)をお願いしていた温泉+療養施設が完成した。

 当面(とうめん)使えるのは怪我(ケガ)人と病人だけで、春になったら上田から医者が赴任(ふにん)することになっている。城下で長く医者をやっているおじいちゃん医師の息子で、肥前(ひぜん)で勉強をしていた人が来てくれるらしい。


 肥前は、外国との交流が盛んで医療が発達しているから、『肥前帰りの医者』は持て(はや)される。

 肥前=長崎だから「長崎で蘭学を勉強していた」と言われたら、何だかそれっぽいでしょ?


 兄上、ハイスペックなお医者様をありがとう……! 



 ***************                *************** 


 ご機嫌で邸に戻ったら、そんな気分をぶっとばす出来事が起きていた。

 邸が騒然としていて、一緒に視察に行っていた小介が呆れ顔で(つぶや)く。


「まーた早馬(はやうま)でも乗り込んできたんすかね?」

「兄上の許可が出ちゃったからなぁ……」


 ()め息を押し殺して天を(あお)ぐと、上空に黒い影が見えて、私は唖然(あぜん)としたまま目を()らした。

 空をゆったりと旋回しているのは独眼竜(どくがんりゅう)だ。な、なんでここに?


「遅いぞ! すぐに支度(したく)をしろ!」


 聞き覚えのあるがなり声が聞こえてきて、私は空から地上に視線を落とす。

 邸の前では、黒い外套(コート)をはためかせた正宗が仁王立ちで、こちらを(にら)んでいた。



 ***************                *************** 


「とうとう早馬を(はぶ)きましたよ、あいつ」


 とうとう小介が、正宗を「あいつ」呼ばわりし始めた。

 私は溜め息を押し殺して、(いか)れる正宗をきりりと見据(みす)えた。


「舘殿。いくら兄の許可を得たとはいえ、こちらにも都合という物があります」

「だったらお前はいつ「都合がいい」と言うつもりだ? 冬に都合がつかなくて、春以降に都合がつくものか!」


 まあもっともですね。それを言われるとこっちも反論しづらくなるな。


「だとしても、(ひま)で冬ごもりしている訳ではありませんよ。それに私の霊獣は火属性ですから、雪山を移動すると雪崩(なだれ)を起こす危険が……」

「そう言うと思ったから迎えにきたんだ。ありがたく思え!」

「ありがた迷惑ですよ」


 即座に返した私の腕を(つか)み、正宗が上空を旋回する黒龍を呼び寄せる。

 え? まさか今すぐなの? そして私はこれに乗るの?


「ちょ、ちょっとお待ちください。弱っている独眼竜にひとが乗って大丈夫なんですか!?」

「俺は乗って来たぞ?」

「ふたり乗って大丈夫なのかと聞いているんです!」

「お前が軽けりゃ大丈夫だ!」


 ひとに責任を押し付けるなよ!

 いきなり私を抱え上げて、ぽいと独眼竜の上に投げ込むと、正宗もひょいと飛び乗ってくる。


「雪村様!」


 小介が手を伸ばして引き()り下ろそうとしたれけど、もう少しの所で届かない。

 龍が旋回(せんかい)しながら上昇し始めて、私は慌てて独眼竜の首根(くびね)っこにしがみついた。


「雪村様!」

「雪村さまぁ!」


 下から私の名を呼ぶ声が、乱反射したこだまみたいに聞こえてくる。

 でももう、飛び降りて無事で済む高さじゃない。


 うわあん みんなぁ! 


 喉まで声が出かかったけど、そうしたらきっと正宗に馬鹿にされる。

 それが嫌で、私はぐっと言葉を呑み込んだ。





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