156.兄の縁談
睦月の半ばを過ぎて、私は矢木沢と六郎と一緒に上田に戻った。
今更だけど、兄上に新年の挨拶に。
月の始めは新年の行事があって、兄上は上洛していて居なかったからだ。
久し振りに会った兄上は、ちょっと疲れているように見える。
「美成殿はお元気でしたか?」
「少し大変そうだったかな。加賀の舞田殿の体調が、思わしくないみたいでね」
『舞田殿』とは、秀好公の古くからの友人で、五大老筆頭・舞田歳家の事だ。
モデルになった前田利家は「あと数年、生きていたら、関ケ原が起こらなかったんじゃないか」と言われているくらいの大物で、こっちの世界でも舞田殿が病死したのを切っ掛けに、歴史は大きく変わっていく。
その舞田殿が、体調の悪さを押して新年の挨拶に来たけれど、そこで美成殿と加賀清雅が言い争いになったらしい。
(ちょっと紛らわしいけれど、舞田殿は加賀って土地の領主。清雅は苗字が加賀ね)
領主の不調は領地が荒れる要因になる。
「領地に怨霊が増えて困っている」と話した舞田殿に、清雅が「うちの討伐隊を派遣します」と言ったら、美成殿が「舞田殿の領地は加賀とその近郊だぞ。肥後からどれだけ離れていると思っている。馬鹿なの?」と、けっちょんけっちょんに罵倒したそうだ。
加賀は、今で言うところの石川県。肥後は熊本県になる。
言っている事はもっともだけど。美成殿、そういうとこだぞって思う。
清雅は幼い頃から、秀好公と親友で、槍の名手だった舞田殿を尊敬している。(……とゲーム内で説明されている)昔馴染みの美成殿なら知っているはずだ。
純粋に手助けしたいと思ってる人には、言い方を考えようよ。
結局、領地が隣接している上森家が「春になったらこちらの討伐隊を出す」って事で話を納めたそうだけど、もともと越後には怨霊が出ないから、『討伐隊』なんて存在しない。
その辺は影勝様が、配慮して伏せたんだろうなぁ。
美成殿のフォロー お疲れ様です。
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何となく、表情が晴れない理由がそれだけじゃないって気がして、私は兄上を城下の視察に誘ってみた。
城下では凧を上げてはしゃいでいる子供たちの姿が見えたけど、その中に佐助たちの姿は無い。
しばらく居ないうちに上田も変わったなぁ、とちょっと寂しく思いながら馬を並べて歩いていると、兄上が前を向いたままぽつりと呟いた。
「……妻を娶る事になるかもしれない」
「……はい?」
私は、前を向いたままの兄上の横顔を凝視して聞き返した。
ゲームでも『信倖ルート』はそういう展開だったから、まったく想像していなかった訳じゃないけど、何となく兄上にそういう雰囲気が無かったから「ホントにこっちの世界でもそうなるんだ?」って驚きが大きい。
だって桜姫が『信倖ルート』に入らなければ、兄上はお嫁さん貰わないし……桜井くんは信倖ルートのフラグをぶち折ってるし……
……?
何で私は軽くショックを受けているんだろう。
私は現世ではひとりっ子だったからよく解んないけど、優しいお兄ちゃんの結婚が決まった妹は、こういう気分なんだろうか。
「上方での新年の宴で、徳山殿にお会いしたんだけどね」
私がなかなか口をきけないでいるからか、兄上が小さく吐息をついて話し始めた。
「前に本間殿から縁談話が来た時は「父の喪も明けていませんので」ってお断りしたんだけどさ。徳山殿が「年が明けましたな」って。それで本間殿の身分が不満なら、娘さんを養女にするから「徳山の婿」になってくれないかって……」
やばいくらい外堀が埋められている。これは断れないわ。
「そうなのですか。驚きました。おめでとうございます」
私は気持ちを立て直してお祝いを言ったけど、兄上の表情は晴れないままだ。
晴れないまま、ぽつりと呟く。
「今、徳山殿と繋がるって事は、美成と……富豊方と対立する事になりかねない。それくらい、今の富豊と徳山の関係性は危ういんだ。僕はどうしたら……」
史実でも、兄上のモデルになった真田信之のところには、本多忠勝の娘で、徳川家康養女の小松姫がお嫁にくるし、そこには驚かないんだけど。
兄上の立場になると、板挟みで辛いよね、確かに。
前を向いたままの兄上の隣で、私も前を向いたまま返事をする。
「では私は、兄上の分まで美成殿をお助けします。もし何かあったとしても、立場が違えば真木の血筋を残す事は出来ましょう」
まぁ男だか女だかわからない今の私じゃあ 血筋を残す事は出来ないけどね!
「雪村……」
兄上が感心したように呟いたけど、当然、今の台詞は私のオリジナルじゃない。
ゲーム中の雪村の台詞だ。
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「そろそろ戻ろう。さすがに冷えてきたよ」
兄上が笑うのを見て、私もほっとして笑い返した。誰かに話す事で、気が晴れたみたいだ。
馬首を巡らすと、見覚えのある懐かしい子供たちが、畦道に立ってこっちを見ている事に気がついた。
「佐助じゃないか! 皆、元気だったか?」
私は思わず馬を降りて近寄った。
でも何だろう。すぐそばまで来て向かい合った途端に、お互い不審げに見つめ合ったまま固まってしまった。
「雪村兄ちゃん、縮んだね……?」
「……本当に佐助なのか?」
私が小さくなったからなのか、子供が大きくなるのが早いのか。
そのどっちもって事なんだろうけど、竹とんぼもまともに作れなかったちびすけ達が、すっかり大きくなっている。
まだ私の方が背は高いけど、早く男に戻らなきゃ佐助たちに抜かれそうだよ。
後から歩いてきた兄上が苦笑して、私にとっては初耳な事を言い出した。
「佐助も才蔵も、そろそろ任に就く年頃だからね。猿取家も霧賀家も忍びの家系だしさ」
「佐助たちって忍びの子だったのですか?」
「えっ? まさか知らなかったの?」
マジですかって顔で兄上を振り返ると、マジでいってるの? って顔で兄上が見返してくる。
マジですかって顔をさらに佐助たちに向けると、向こうは向こうで「マジで知らなかったんですか」って顔になった。
「もしかして雪村兄ちゃん、森月のおっさんも忍びの家系だって知らないんじゃないの? 火遁の術の達人だよ? 温泉堀りばっかやってる訳じゃないからね?」
佐助がこれまた初耳な事を教えてくれて、私は更にマジっすかって顔になった。
「猿取佐助」って名前を知るまで、有名忍者がモデルだって全然気付かなかった。ごめん、佐助。ただの城下の賑やかしモブだと思っていたよ……
「じゃあ隠密って点に関しては、佐助たちはもう一人前だね」
「雪村兄ちゃんがボンクラすぎなだけだよ」
兄上が笑って褒めたら、佐助たちに真顔で返された。
何て言うか……評価落としてごめん、雪村。