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154.五年前の経緯4

「あのな、泉水。ちょっと相談があんのやけど」


 所用で城下に出掛(でか)けた泉水が首藤に(つか)まったのは、それから数日後だった。

 わざわざ人気(ひとけ)の少ない小路に引っ張り込まれ、泉水はうんざりした表情を隠さずに首藤を見返す。


「俺ら、相談し合うような仲だったか?」

「いけず言わんと。ほら、剣神公も『義兄弟(きょうだい)は仲良くせえ』って言ってたやろ?」

「俺とお前は義兄弟じゃないよ」


 ぽんと肩を叩いて立ち去ろうとした泉水を引き止め、首藤が引き上げた口角を耳元に近づけた。


「あのな。オレ、武隈からの人質の子に()れたみたいなんや。いや、仲立ちしてくれなんて言わへんけど、一応そっち側の子やろ? 耳にいれとこ思って」

「雪村は男だよ。妙な(うわさ)を真に受けるな」

「男でも別にかまへんよ? オレ、あの子の顔が好きなんやし」


 あっさりと言った後で、くすくすと小さく(わら)う。


「ああそうや。兼継にも言っといて? 人の恋路を邪魔する奴は馬に()られて死んでまうでーってな」


 細い狐目をますます細め、固まっている泉水の肩をぽんと叩いて、首藤は小路を出て行った。



***************                *************** 


 兼継にどのように伝えるべきか。

 普段から物事を単純に考えがちな泉水は、頭を抱えてがっくりと項垂(うなだ)れた。

 他人の恋愛沙汰(ざた)など、それでなくとも面倒なのに、「衆道どんと来い」と開き直られると、もっと困る。

 さらに面倒なのは、これは兼継に対する嫌がらせだという事だろう。

 それに雪村を巻き込むなど、(もっ)ての(ほか)だ。


 いくら考えても妙案(みょうあん)が浮かぶ訳も無く、泉水は結局、そのまま兼継に打ち明ける事にした。


「兼継。首藤の……ええと、趣味嗜好(しゅみしこう)というか……好みについて、何か聞いた事はあるか?」

「そこまで親しくありません」

「いや、まあそうですよね! 俺も別に知りたくなんか無かったが……先日、首藤に(つか)まってな。雪村を鍛錬場で見かけて、いたくお気に召したらしいんだ。……その、衆道的な意味で」

「はあ」

「それで兼継は雪村の世話役だからな。耳に入れておいて欲しいと頼まれた……」


 だんだん声が小さくなっていく。

 何故こんな伝言を伝える羽目(はめ)になっているのか。声と共にだんだん項垂(うなだ)れる泉水を見つめ、兼継が小さく吐息をついた。


「そのような事は当事者(とうじしゃ)同士の問題で、私には関係ない。好きになされるがいい……としか言いようがないのを見越(みこ)しているのでしょうね」

「だろうな」


 (しば)し考えた後、兼継は(こと)()げに言い放った。


「こんな伝言を泉水殿に頼むのも申し訳ないが。首藤には「私が雪村に懸想(けそう)している(ゆえ)、そちらはご遠慮願いたい」と言っていたと伝えてくれますか?」

「ちょっと待て兼継! いくら何でも、お前がそこまでする事はないだろう!?」

「いつもそばに置ける訳ではないのです。その(すき)をついて万が一の事があった場合、陰虎様の近習(きんじゅう)相手に、人質の雪村が断り切れると思いますか? 嘘も方便だ」


 判断を(あやま)った。もっと早く知らせておけば。

 せめて最初に妙な噂を聞いた段階で伝えていたら、このような(かば)い方ではなく、別の(かわ)し方もあったかも知れない。


 淡々とした兼継に、泉水は申し訳ない気持ちで(こうべ)()れた。



 ***************                *************** 


 数日後。奥御殿(おくごてん)、剣神の私室にて。


「影勝。城内で妙な(うわさ)を聞いたんだがね」

「……俺も、聞いています」


 いつにも増して憮然(ぶぜん)として見えるのは、恐らく噂に困惑しているのだろう。

 不器用な甥を見遣(みや)り、剣神は(わず)かに苦笑した。


 兼継と首藤が『雪村を取り合っている』という噂。

 そして兼継が『先に雪村を見初(みそ)めたのは自分だから、首藤は手を引いて欲しい』と牽制(けんせい)したという。


生涯不犯(しょうがいふぼん)』を標榜(ひょうぼう)する上森剣神。

 世間には男性だと思われているが、実際は女性なのだから妻帯(さいたい)しないのは当たり前だし、後年には意外とあっさり(くつがえ)されたけれど。

 当時の越後は主君に(なら)って、性に潔癖(けっぺき)なところがあった。

 そこにこのような衆道の恋愛沙汰だ、騒ぎにならない方がおかしい。それ以上に。


 剣神は目の前で 黙然(もくぜん)と座る影勝を見遣った。


「これはいずれ直枝家の耳にも入るだろう。(こと)を進めるには『元凶』を取り(のぞ)かなければならない。兼継の方の説得は頼めるね?」

「……はい」




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