表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

150/383

150.安芸返信2

「姫さま、大人しくお団子を食べていて下さいませ!」

「ちょっと(のぞ)くだけじゃないの。大袈裟(おおげさ)ね?」


 うふふと可愛らしく笑っているが、瞳の鋭さは猛禽類(もうきんるい)のそれだ。

 老女が席を外して間もない姫の部屋では、老女の部屋へ盗み聞きに向かおうとする桜姫と、それを止める侍女衆との攻防が繰り広げられていた。


「これがバレては我々一同、身の破滅(はめつ)にございます!」


 悲鳴のような制止に、桜姫もふと我に返る。

 兼継にバレただけでも十分に身の危険を感じる案件だが、これに加えて老女の神鳴(かみなり)のようなお小言が追加されるとなれば、なかなかに気が重い。

 これはあえて危険を(おか)すべきではない。


「仕方がないわね。貸しひとつよ?」

「ありがとうございます、姫さま!」


 冷静に考えれば貸しでも何でもないのだが。

 桜姫はありもしない恩を(なす)り付けて、侍女衆の言葉に従った。



 ***************                *************** 


「桜姫」


 大人しく団子を頬張(ほおば)った後、暇に(まか)せて庭園を散策していた桜姫を呼び止めたのは泉水だった。御殿と奥御殿を(へだ)てる垣根越(かきねご)しに、ちょいちょいと手招(てまね)きする。


「兼継、こっちに来てる?」

「ええ、老女のところに居ると思うわ。何かご用?」

「いや、兼継に用がある訳じゃないんだ。俺としては、どっちかって言うと『桜姫に用事』かな」


 苦笑いで(あご)()く泉水を、桜姫は不思議そうに見つめた。

 このような事を言われたのは初めてだ。


「わたくしに?」

「はい。五年前に雪村が甲斐に戻された経緯(いきさつ)についてですから。老女はそうは考えていないみたいだけど、兼継から話させるのは(こく)だ。出来たら、幼馴染(おさななじみ)で親しい姫の方から伝えて欲しいんですよ」


 ふと目を伏せた桜姫が、(ゆる)みかけた口元をそっと隠す。

 泉水の(まゆ)がぴくりと()ねた。


「……それはわたくしに、『兼継殿の弱味』を教えて下さるってこと……?」

「すいません。今の話はナシで」

「冗談、冗談よ? わたくし、ここはひとつ私怨(しえん)を乗り越えて、泉水殿の信頼に応えるわ? 男に二言はなくてよ??」

「姫は女性ですよね?」


 垣根越しに、何時(いつ)までも馬鹿話をしている場合でもない。

 桜姫は控えていた侍女に目配(めくば)せし、泉水を部屋へと(いざな)った。



 ***************                *************** 


「安芸から、これが届きました」


 老女から手渡された文に、兼継は無言で目を通した。


 荷物の整理をしていたら、老女から借りていた(かんざし)が出てきた事。そして長い間、返し忘れていた無作法を()びる文言に続き、最後に「兼継にも(よろ)しく伝えてくれ」と締め(くく)られている。

 それは当たり(さわ)りのない内容にしか見えなかった。


『雪村が一度、相模に行っている』という前提がなければ、ではあるが。


「何かあれば『越後の雪』宛てに連絡を」

 そのように取り決めたと聞いている。この()()りは、どう見ても不自然だろう。


「それとこれを。言うまでもありませんが、私は安芸に簪など貸してはおりません」


 簪を包んでいた藤色の布地を、老女は丁寧(ていねい)に解いた。

 銀細工の平打簪(ひらうちかんざし)で、薄く平たい円形の装飾面(かざり)には、百日草(ひゃくにちそう)の意匠が彫られている。よくみると、飾りと棒の境目には糸が(くく)り付けられていた。


「藤色の布、簪の首に括られた糸、そして百日草の簪。何か思い当たりませんか?」


 じっと見返す老女を見返し、兼継は小さく息を()んだ。

 一連の意味に(さっ)しがついて、やっと雪村宛てでない事に合点(がてん)がいく。


「「首藤に注意せよ」との(しら)せですね。もう見つかりましたか」


 百日草の花言葉は『不在の友を思う』そして『注意を(おこた)るな』。

 その簪の『首』に括られた糸と包まれた『藤』色の布地。一見そうと悟られないよう、首藤を表したのだろう。


「そうね。こんなに早々と見つかるなんて。私の見通しが甘くて、貴方には申し訳ないことをしたわ」


 そっと目を伏せた老女を、兼継は若干(じゃっかん)の警戒を持って見返した。

 剣神公亡き後の奥御殿を仕切(しき)るこの老女が、このように(つつ)ましく反省するなど。

 何か裏があるのではなかろうか。

 やがて反省の真似事に()いたらしい老女は、きりりと目線を上げて兼継を見返した。


「こうなっては仕方がありません。貴方も腹を(くく)りなさい。今すぐ雪村をここに呼び、五年前の経緯を洗いざらいぶちまけるのです!」

「それはそのうち、(おり)を見て!」

「ええい。それでも貴方は剣神公の教えを受けた越後の義人ですか! そのような優柔不断(ゆうじゅうふだん)に付き合った挙句(あげく)に今があるのです! 待つこと(まか)()りません!」

()いては事を仕損(しそん)じる、とも申します(ゆえ)!」

「五年も引き伸ばしたでしょう。もう十分です! 貴方が話さないのなら私から話しますか!?」


 (たけ)り狂う老女に引導(いんどう)を渡され、兼継は言葉も無く、がくりと項垂(うなだ)れた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ