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148.正宗 来襲

「雪村さまぁ。また早馬(はやうま)が来てましたよお?」


 さすがに呆れを(にじ)ませて、根津子が文を差し出してきた。

 うっかり正宗に「沼田城の城代をしている真木雪村」と名乗ってしまったせいで、早馬が桜姫のところじゃなく、沼田に直接乗り込んでくるようになってしまった。


 しかしこちらとしてはもう、怨霊退治を手伝うつもりはない。


「館殿からの文は、断りの返事を出しておいて。私に許可をとらなくていいから」


 右筆(ゆうひつ)(手紙を書く業務担当者のこと)にはそのように伝えてあるにも(かか)わらず、今回の早馬は、断り始めてから通算7頭目になる。



 ***************                ***************


「街道沿()いに、足湯専門の施設を作ろうと思うんだ。旅の疲れが癒やせるように」


 私は隣を歩く小介を見上げて話しかけた。

 こっちの世界では、関所を通る時に通行税を取るんだけれど、こういうサービスをくっつけておいたら通行人も増えるんじゃないかな。

 領主にとって税収アップは、大事なお仕事なのです。


 農作業の無い冬期間に普請(ふしん)(工事)を頼んで、領民は無料で使えるようにしよう。

 その施設では、薄荷水(はっかすい)甘草茶(かんぞうちゃ)を用意しようと思うんだよね。

 薄荷水は歩き疲れた身体を涼しくさせるし、甘草茶は抗炎症(こうえんしょう)成分が入っているから、内側から効く。

 材料の薄荷と甘草は、領民が山に入った時に探して貰って、採取してくれた領民には「薄荷水か甘草茶を無料で飲めるクーポン券」を配布しよう。

 

 まだ誰にも話してないけど、そのうちに香草のお茶も出せたらいいなぁ。

 ここで採れそうなのは加密列(カミツレ)とか蒲公英(たんぽぽ)かな。今のこの世界で採れる香草って、他にどんなのがあるんだろう。


「甘草は甘くて美味しいけれど、摂取(せっしゅ)し過ぎるのは良くないんだ。生薬だからね。一日に2(もんめ)(7.5g)までだって」

「へええ」


 いつもの視察で街道沿いを歩きながら、私は本で得た知識を小介に説明していた。

 そうしておかないと小介は『可愛い女の子を甘味で釣る』程度の認識で、ほいほい甘草茶を(おご)りかねない。


 場所は関所(せきしょ)近くがいいよね。お団子を食べられる茶屋もあった方がいいかな。

 そんな事を考え込んでいると、小介が私を(かば)うように左手を上げて立ち止まった。釣られて立ち止まると、前方にド派手な、黒い人影が見える。


 黒いのに『ド派手』っていうのも何だか変な気がするけど、本当にそうとしか表現できなくて、私は小介と顔を見合わせた。


 黒い外套(マント)には金糸銀糸で昇竜が刺繍(ししゅう)されている。頭巾(フード)(ふち)には熊毛が()い付けられ、首元はもこもこだ。

 足には舶来物(はくらいもの)長靴(ブーツ)()き、鼻息荒いドヤ顔の右目は黒い眼帯で(おお)われていた。


「どうして此処(ここ)に居るんですか、舘殿」

「何だお前、城代などと(いつわ)りおって! やはり小姓ではないか!」


 さっき領民から貰った冬大根を抱えていた私を見て、正宗が馬鹿にしたような笑い声をたてた。

 その笑い声が 途中で止まる。


「雪村様、知り合いなの?」


 刀の()(さき)を正宗の喉元に突き付けた小介がのんびりと聞いてきて、私はふるふると首を振った。


「いや? 知り合いってほどでもないよ」

「おい」

「いいよ小介。もう帰ろう」


 刀を収めて(きびす)を返した私たちを、正宗が呼び止めてくる。


「客を放っていくな! そもそもお前、何だよ今のは? 家臣の(しつけ)がなってないぞ!」

「躾がなっているからこそのアレでしょう。貴方のところは、主君が馬鹿にされても黙っているのですか?」

「いいって、雪村様。これは「(かま)ったら負け」なやつっしょ」


 思わず振り返って言い返した私に、小介が呆れた様子で耳打ちする。

 わあわあ怒っている正宗を無視して歩き出した小介が、鼻から息を()き出した。


「雪村様って、変な知り合いばっかりだよねぇ」


 それ、自分も込みで言ってるのかな。



 ***************                ***************


「お前は何故、返事を寄越(よこ)さないんだ」


 茶を飲みながら、正宗がじろりと(にら)んできた。

 城まで押しかけて来たので仕方なく(まね)き入れたら、それから粘る粘る。


 どうせ怨霊退治依頼は断るんだから、陽が落ちる前にお帰りいただきたい。

 でも正宗は奥州の大名だし、あまり無碍(むげ)には出来ないなぁ。


 もう何度目になるか解らない返事を、私は繰り返した。


「お返事は差し上げたはずですよ。計七回、(とどこお)りなく」

「返事とは「わかりました」一択だ。それ以外は認めん」


 何だそりゃ。

 面倒くさくなった私は、ふうと息をついて兄上に丸投げする事にした。


「私はあくまで城代で、城主は当主の真木信倖です。私を使いたいのなら兄の許可をとって下さい」

「おい! 共に死線を(くぐ)り抜けた相手を見捨てるのか!?」

「そんな相手はいません。死線を彷徨(さまよ)ったのは私だけです」


 兄は上田城にいますから。

 淡々と伝えると「覚えてろよ!」と捨て台詞を残して、やっと正宗は帰って行った。



 ***************                ***************


 それから十日ほどたった頃。

 六郎と春からの養蚕(ようさん)手筈(てはず)について打ち合わせをしていると、根津子が兄上からの文を持ってきた。


 兄上からの文と聞いて、六郎がそわそわし始める。やっぱり乳兄弟+家老代行だから、当主からの文は気になるみたいだ。


「久し振りだよね。どうしたんだろう」


 正宗の件をすっかり忘れていた私は、六郎にも見えるように文を開いた。


 開いた文には、上田に早馬がド派手に乗り込んできたこと。

 そして「舘領の怨霊討伐(とうばつ)を手伝った」と兄上に知らせていなかった事と、兄上に厄介ごとを全部ぶん投げ、それを事前に(しら)せなかった事をこんこんと叱る内容が(したた)められている。


 こっちの世界でも「報・連・相ほうこくれんらくそうだん」は大事みたいです(二度目)。



「手伝うと言ったのなら、責任をもってやりなさい」


 兄上の文はそう()(くく)られていて、私はがっくりと項垂(うなだ)れた。


 兄上。わたし、一度だけ「いつ(うかが)えばいいですか」と返しましたが、最後の一匹まで退治に付き合うとは言ってません……


 しかし手元の文面から(にじ)み出ているのは、そこはかとないぶん投げ感。

 きっと兄上、早馬攻撃に屈したんだ……


「雪村様は、変な知り合いばかり居ますね」


 横から文を覗いていた六郎が、ぽつりと(つぶや)いたけど。

 それ、自分も込みで言ってるのかな(二度目)。


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