148.正宗 来襲
「雪村さまぁ。また早馬が来てましたよお?」
さすがに呆れを滲ませて、根津子が文を差し出してきた。
うっかり正宗に「沼田城の城代をしている真木雪村」と名乗ってしまったせいで、早馬が桜姫のところじゃなく、沼田に直接乗り込んでくるようになってしまった。
しかしこちらとしてはもう、怨霊退治を手伝うつもりはない。
「館殿からの文は、断りの返事を出しておいて。私に許可をとらなくていいから」
右筆(手紙を書く業務担当者のこと)にはそのように伝えてあるにも係わらず、今回の早馬は、断り始めてから通算7頭目になる。
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「街道沿いに、足湯専門の施設を作ろうと思うんだ。旅の疲れが癒やせるように」
私は隣を歩く小介を見上げて話しかけた。
こっちの世界では、関所を通る時に通行税を取るんだけれど、こういうサービスをくっつけておいたら通行人も増えるんじゃないかな。
領主にとって税収アップは、大事なお仕事なのです。
農作業の無い冬期間に普請(工事)を頼んで、領民は無料で使えるようにしよう。
その施設では、薄荷水と甘草茶を用意しようと思うんだよね。
薄荷水は歩き疲れた身体を涼しくさせるし、甘草茶は抗炎症成分が入っているから、内側から効く。
材料の薄荷と甘草は、領民が山に入った時に探して貰って、採取してくれた領民には「薄荷水か甘草茶を無料で飲めるクーポン券」を配布しよう。
まだ誰にも話してないけど、そのうちに香草のお茶も出せたらいいなぁ。
ここで採れそうなのは加密列とか蒲公英かな。今のこの世界で採れる香草って、他にどんなのがあるんだろう。
「甘草は甘くて美味しいけれど、摂取し過ぎるのは良くないんだ。生薬だからね。一日に2匁(7.5g)までだって」
「へええ」
いつもの視察で街道沿いを歩きながら、私は本で得た知識を小介に説明していた。
そうしておかないと小介は『可愛い女の子を甘味で釣る』程度の認識で、ほいほい甘草茶を奢りかねない。
場所は関所近くがいいよね。お団子を食べられる茶屋もあった方がいいかな。
そんな事を考え込んでいると、小介が私を庇うように左手を上げて立ち止まった。釣られて立ち止まると、前方にド派手な、黒い人影が見える。
黒いのに『ド派手』っていうのも何だか変な気がするけど、本当にそうとしか表現できなくて、私は小介と顔を見合わせた。
黒い外套には金糸銀糸で昇竜が刺繍されている。頭巾の縁には熊毛が縫い付けられ、首元はもこもこだ。
足には舶来物の長靴を履き、鼻息荒いドヤ顔の右目は黒い眼帯で覆われていた。
「どうして此処に居るんですか、舘殿」
「何だお前、城代などと偽りおって! やはり小姓ではないか!」
さっき領民から貰った冬大根を抱えていた私を見て、正宗が馬鹿にしたような笑い声をたてた。
その笑い声が 途中で止まる。
「雪村様、知り合いなの?」
刀の切っ先を正宗の喉元に突き付けた小介がのんびりと聞いてきて、私はふるふると首を振った。
「いや? 知り合いってほどでもないよ」
「おい」
「いいよ小介。もう帰ろう」
刀を収めて踵を返した私たちを、正宗が呼び止めてくる。
「客を放っていくな! そもそもお前、何だよ今のは? 家臣の躾がなってないぞ!」
「躾がなっているからこそのアレでしょう。貴方のところは、主君が馬鹿にされても黙っているのですか?」
「いいって、雪村様。これは「構ったら負け」なやつっしょ」
思わず振り返って言い返した私に、小介が呆れた様子で耳打ちする。
わあわあ怒っている正宗を無視して歩き出した小介が、鼻から息を噴き出した。
「雪村様って、変な知り合いばっかりだよねぇ」
それ、自分も込みで言ってるのかな。
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「お前は何故、返事を寄越さないんだ」
茶を飲みながら、正宗がじろりと睨んできた。
城まで押しかけて来たので仕方なく招き入れたら、それから粘る粘る。
どうせ怨霊退治依頼は断るんだから、陽が落ちる前にお帰りいただきたい。
でも正宗は奥州の大名だし、あまり無碍には出来ないなぁ。
もう何度目になるか解らない返事を、私は繰り返した。
「お返事は差し上げたはずですよ。計七回、滞りなく」
「返事とは「わかりました」一択だ。それ以外は認めん」
何だそりゃ。
面倒くさくなった私は、ふうと息をついて兄上に丸投げする事にした。
「私はあくまで城代で、城主は当主の真木信倖です。私を使いたいのなら兄の許可をとって下さい」
「おい! 共に死線を潜り抜けた相手を見捨てるのか!?」
「そんな相手はいません。死線を彷徨ったのは私だけです」
兄は上田城にいますから。
淡々と伝えると「覚えてろよ!」と捨て台詞を残して、やっと正宗は帰って行った。
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それから十日ほどたった頃。
六郎と春からの養蚕の手筈について打ち合わせをしていると、根津子が兄上からの文を持ってきた。
兄上からの文と聞いて、六郎がそわそわし始める。やっぱり乳兄弟+家老代行だから、当主からの文は気になるみたいだ。
「久し振りだよね。どうしたんだろう」
正宗の件をすっかり忘れていた私は、六郎にも見えるように文を開いた。
開いた文には、上田に早馬がド派手に乗り込んできたこと。
そして「舘領の怨霊討伐を手伝った」と兄上に知らせていなかった事と、兄上に厄介ごとを全部ぶん投げ、それを事前に報せなかった事をこんこんと叱る内容が認められている。
こっちの世界でも「報・連・相」は大事みたいです(二度目)。
「手伝うと言ったのなら、責任をもってやりなさい」
兄上の文はそう締め括られていて、私はがっくりと項垂れた。
兄上。わたし、一度だけ「いつ伺えばいいですか」と返しましたが、最後の一匹まで退治に付き合うとは言ってません……
しかし手元の文面から滲み出ているのは、そこはかとないぶん投げ感。
きっと兄上、早馬攻撃に屈したんだ……
「雪村様は、変な知り合いばかり居ますね」
横から文を覗いていた六郎が、ぽつりと呟いたけど。
それ、自分も込みで言ってるのかな(二度目)。