147.領地運営模索中4
何だかよく解らないけど、兼継殿がバグった。
こういう時は、時間を置くのが一番だと思う。
電波が絡む機器の調子がおかしい時は、電源を引っこ抜いてしばらく置いておくと直ることがあるしね。
いえ、別に兼継殿が電波だって意味ではありません。
あの人はむしろ逆で、自分が愛染明王の化身って事も隠すような常識人だよ。
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関所から道なりに歩いていると、まもなく林道を抜けて視界が開ける。
その後は緩やかな上り坂と下り坂の一本道で、近くには農業用水に使ってない沼がある。この辺がいいんじゃないかな。
「どう思う?」
「「いいと思います」」
六郎と森月に声をかけると、同時に返事が返った。
「この林道は野盗が出た事がありますし、賑やかになった方が防犯になります」
「水場が近いから、温度調整し易いですよ」
その後に続いた言葉は、立場の違いで分かれたけれど。
よし、ここにしよう。
「ほむら」
名を呼ぶと空間が揺らぎ、炎を纏った白虎が姿を現す。
ほむらは火属性の霊獣だから、火山の熱溜まりを地中近くに呼び寄せられる。
川や沼の近くは、地下水が溜まっている可能性が高いそうで、このあたりに熱溜まりを引き寄せたら、温泉が湧きやすいんだって。
額を摺り寄せてきた炎虎に抱きついて、ほっぺたのあたりの毛をもふもふ撫でる。ひとしきり堪能してから「よろしく頼むね。これはほむらにしか出来ない事だから」と喉を擽ると、目を細めた霊獣はがおんと一声吠えて 地中へ消えた。
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「養蚕をしていた村には、糸を取らずに蚕を羽化させて、産卵数を増やさせました。越冬させた卵は、春になってから周辺の村々に配布した方がよろしいかと」
六郎が黒く変色した蚕種が張り付いた紙を差し出した。
蚕の卵は二週間で孵化するものと冬を越すものがあり、越冬する卵は黄色から黒に変色するらしい。
「冬の間に養蚕の技術も教えてやって欲しいと伝えてくれないか? その村には負担をかけるね。三年間、公事を免除しようと思うんだけどどう思う?」
「いいんじゃないでしょうか。もともと養蚕は農作業の片手間でも出来る作業ですからね。ただ蚕は餌を喰います。餌の桑で揉めないよう調整が必要になるでしょう。桑の量産も含めて次の評定にかけましょう」
公事っていうのは年貢以外の税のこと。この場合は生糸の売買に掛ける税の事なんだけど。
穏やかに微笑んで返事をする六郎を見遣り、私は意外な気持ちのまま笑い返した。あんなに喧嘩腰だったのに、戻って来た六郎は全然突っ掛かって来ない。
上田に戻っていた期間はそれほど長くない筈なのに、兄上はどうやって六郎を矯正したんだろう。
立ち上がりかけた六郎が、傍らに置かれた蚕種をそっと持ち上げる。
私はちょっと興味が湧いて六郎に聞いてみた。
「その蚕の卵はどうするの?」
「村に返しますよ。ここに置いても、どうしようもないでしょう」
簡単に言うけれどその村は赤城山の麓にある。こんな紙一枚に張り付いた卵たちを村に戻すのは簡単じゃないだろう。
もしかしたら途中で風が吹いただけで、卵がダメになるかも知れない。
「私に育てさせてくれないかな? 興味があるんだ」
「雪村様、蚕まで飼うつもりですか? あなたの部屋、花やら草やらで野原みたいになってるじゃないですか。そのうち部屋から怨霊が湧きますよ?」
調子に乗ったら六郎がきっと睨んできて、昔みたいな勢いで怒られた。
まるで自分の部屋を掃除しない子供を叱るお母さんみたいだけど、掃除をしてない訳じゃないよ。
鉢に植えた生薬の草花で、部屋が埋め尽くされてるだけだ。
「一回だけ! ちゃんと糸をとるから」
「糸にするって事は蚕を茹で殺すって事ですよ? 鯉一匹茹でただけであんなに大騒ぎしたあんたに、それが出来るんですか!?」
「ハトこは特別だよ!」
「だいたい鯉に鳩子って何なんですか!? 意味がわからない!」
脱線しまくった押し問答の末に、私はやっと六郎から蚕種を受け取った。
前言撤回。
やっぱり六郎は喧嘩腰なところ、全然変わってない。