145.奥州遠征2
北之領域から舘領に入ると、前に土蜘蛛に襲われていた辺りで 正宗が待ち構えていた。
「遅いぞお前! いつまで待たせるつもりだ!」
「こちらにも都合というものがあります。一方的に約束を押し付けるのはやめて頂けませんか」
桜井くんには「是が非でも怨霊退治に行きたい」とゴネたけど、私はさっそく後悔していた。
桜姫を説き伏せた後、正宗に「いつ伺えば良いですか?」と返事を出すと、早馬がド派手に返事を持って乗り込んできたのだ。
普通、早馬は緊急事態の時に使う。
正宗はやることなすこと派手過ぎるんだよ!
いきなり舘家から早馬が来たことで上森家は大騒ぎになり、無断で館領に侵入して正宗に見つかった件がバレた。
そしてそれを報せていなかった私と桜姫は、並んで正座させられて、兼継殿にこんこんとお説教された。
こっちの世界でも「報連相」は大事みたいです。
ちなみにその早馬が持ってきた返事は「今からすぐ来い」だった。
『今』って何時何時何分よ? そもそも早馬を使うような急ぎの案件じゃない。
無茶苦茶すぎませんかね?
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頭上から耳障りな鳴き声が聞こえてくる。
私は振り上げられた前脚を注視しながら、隣に立つ正宗に声を掛けた。
「そもそも『どうして館領には、こんなに怨霊が蔓延っているのか』とは、考えた事がありますか?」
私と正宗の間に振り下ろされた前脚が、裂くように地面を抉り取る。それをお互い左右に飛んで躱しながら、私はちらりと頭上を見上げた。
土蜘蛛の弱点は“ひと際大きな額の赤目”だ。しかしすぐに止めを刺してしまっては修行にならない。
「知るか! 『歪』があれば出てくるだろう! 塞いだところで切りが無い!」
横凪ぎに襲って来た左前脚を太刀で斬り飛ばし、正宗が怒鳴り返してきた。
ああ、そういう認識ね?
「本来、霊獣が居る土地は神気に満たされます。塞いだ『歪』がまた復活するのは、霊獣が弱っている証拠ですよ」
偉そうに言っているけど、これは全部兼継殿の受け売りだ。私が知っていた訳じゃない。……けれど。
傲岸不遜な正宗が「ぐぬぬ」って顔をして、声も出せないでいるのを見ると、『してやったり』って気分になるな。
気を散らしていたせいだろう。背後から矢のような速さで飛び掛かって来た怨霊に、私は気付くのが遅れた。
「馬鹿か! こんな時にぼけっとするな!」
正宗の手が素早く伸びて、私の腕を掴んで引き寄せる。すぐ脇を、撓る鞭にも似た銀色の怨霊がすり抜けていった。……蛟だ。
蛟は銀色の蛇に似た中型の怨霊で、スピードだけなら怨霊中で一、二を争う。
私は槍を構えて蛟を見据えた。
「蛟は毒を吐きます。気を付けて下さい」
毒は吐くけど、触れたら赤くかぶれる程度の弱いものだ。ゲームでも3ターン目で自然治癒するくらいだし、毒を無視してとっとと片づけた方が効率がいい。
『敏捷』特化型の蛟は『攻撃力』と『耐久力』が低い怨霊だから、こっちの敏捷が高いなら『物理で殴る』一択だ。
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「だいたい片付いたんじゃないですか? 今の内に僧侶か陰陽師を呼んで『歪』を塞いで下さい」
手についた埃を払って振り向くと、正宗が背を向けて歩き出した。
「よし、ここはいいな。じゃあ次だ」
「お待ち下さい。このままにしていては、また怨霊が出てきます。今なら危なくありませんから、僧侶を呼んで『歪』を塞いで下さい」
「先刻も言っただろう。『歪』を塞いでもまた開く。埒が明かん!」
「しかし」
「煩い! そもそも増え過ぎたから手を付けたが、ここは上森領との国境だ。怨霊を放しておけば防御壁になるだろうが!」
「何を言っているのですか! 怨霊を放置!? 国境とはいえ、この付近にも領民が居るでしょう。その方たちが襲われたらどうするつもりです!」
思わず大きな声を出した私を、正宗が片目を眇めてぎろりと睨んでくる。でも私は『雪村』だ。雪村が正宗ごときに負けてたまるか! 私も同じように睨み返して言葉を続けた。
「領民を第一に考えられない領主など、領主たる資格はありません。そしてそのような方に協力する義理も無い。今後、このような依頼は無用に願います」
「おい、童。図に乗るのも大概にしろ! 貴様などに領主の何たるかを、説かれる筋合いなど無い。弁えろ!」
「弁えて頂きたいのは貴方の方です。私は真木雪村、これでも沼田城の城代を任されております。童呼ばわりされる覚えはありません」