142.怨霊討伐と冬の祭典1 ~side S~
「姫さま、越後の名に賭けて、『引けぬ戦』というものはあるのです」
「私どもは『戦国最強』と謳われております。負けなど許されません」
何やら壮大な戦の前触れみたいだけど、そんな事では全然ない。
師走の終わりにある『冬之祭典』。それに出す新刊の話だ。
俺は可憐に微笑み、可愛らしく首を傾げて誤魔化した。
「皆さま、そんなに怖い顔はなさらないで? 今回は信永公の十三回忌だからなのでしょう?」
今年は『第六天魔王』の異名を持つ小山田信永の十三回忌で、謀反を起こした愛知光英との愛憎渦巻くBL本が、岐阜を中心に花盛りなんだそうだ。
それが売れ線ならこっちでもソレを書けばよくね? と可愛らしく伝えたんだが、それは矜持が許さないらしい。
何としても十三回忌念本より売れる写本を作りたい。そのためのネタが欲しい。
雪村が来たら全力で引き留めてくれ、それが今回の俺に課せられたミッションだ。
どういう訳か越後の侍女衆は『第六天魔王』というワードに敏感だ。
『越後の龍』や『軍神』よりカッコいいと、敵視でもしているんだろうか。
俺からしてみれば、どっちも厨二感漂うワードにしか見えんが……
まあ、どっちでもいいか。
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「やはり侍女の絣を着せましょう。この前の、白紬の装いは可愛かったもの」
「しかし機会は一度だけ。ぶかぶかの影勝様の小袖を着ているのも良くはない?」
「まあ! それで影勝様のお召し物を着ている雪村を見て、兼継様が嫉妬なさるのね!?」
きゃああと侍女衆が手を取り合って盛り上がっているが、殿様のオメシモノなんて雪村は絶対に着ないだろ。
冬が近づくと日常茶飯事になる、この妄想と煩悩に塗れた風景を、俺はもくもくと饅頭を食ってやり過ごした。
現在の俺たちは『たった一度きりの雪村の着替えに「どれ」を選ぶか』を巡っての作戦会議中だ。
雪村本は『とりかえばや』が主流だから、雪村を女装させると妄想が捗るらしい。ましてや今は本当に『男装女子』だからな。現実が妄想を超えてきた状態で、雪村本の書き手の盛り上がりっぷりが半端ない。
「ひと冬滞在するのは無理ですが、数日なら」
俺を迎えに来て足止めを食らった挙句に、大掃除を手伝わされている雪村は現在、お堂の梁の上を掃除をするという、なかなか危険なミッションに挑まされている。
そこの掃除が終わったら、汚れた(であろう)小袖を着替えさせたいそうだ。
そして女になったのに、いつも飾り気のない男物を着ている雪村に何を着せようかと、侍女衆はキャッキャしている。
あいつは良く言えば素直、悪く言えばボンクラだから、ここの侍女衆の思惑になんてあっさりと嵌まる。何とか雪村に知らせてやりたいが……
俺はちらりと周囲を窺がった。老女・その他数名の侍女共が、俺には常に張り付いて、目を光らせている。
いざとなったら、侍女衆の萌えよりも雪村を優先する事を、こいつらは知っているのだ。ガードの硬さが半端ない。
仕方がない。俺が口添えしてやめさせるか。
「雪村は義兄上様を尊敬してますもの。「洗い替えを借りるなど恐れ多い」と固辞するのではないかしら。それにこの前だって兼継殿に「女装するな」と紅を落とされているのよ? 女物の絣を着せるなど、言語道断だわ」
「……!?」
「どっちもヤメロ」と言った筈なのに、侍女衆の目の色が変わる。
何故かそれは、俺の意を汲んだ無念の色では無い。
「姫さま、それは」
「侍女の絣など着ていては、脱がされるとお思いなのですね……っ!?」
そうじゃねぇよ。
「姫は侍女の絣を所望よ。疾く準備なさい!」
老女の鋭い檄が飛び、侍女衆が一斉に場を散開する。
止める暇なんてまったく無い。
「姫さまも、もうすっかり越後の女ですわね!」
お付きの侍女衆は嬉しそうににこにこ笑うが、俺は立ち眩みでも起こしそうな気分になった。
ほんとにそうじゃないってばよ。