140.怨霊討伐と冬の祭典1
途中で一度、越後に行っているせいで ひと月過ぎた気がしないけれど。
毒煎餅事件から半月が過ぎて、再び桜姫をお迎えに行く時期がやってきた。
そういえば そろそろ本格的な冬に入る。豪雪地帯の越後は雪に閉ざされるけど、桜姫は今まで通り、ひと月おきの滞在でいいんだろうか。
冬は行き来が大変だよ? 春まで沼田に滞在してもいいんじゃないかな。
そう思いながら私は越後へと向かった。
*************** ***************
「ちょっと面倒な事になったわ」
小さな身体が埋まりそうな勢いで、大勢の侍女衆が桜姫を引き留めていた。
「越後の冬は長うございます。姫さまが居ないなど、考えたくありません……!」
「どうかここに残って下さいませ!」
侍女衆は泣き出さんばかりに必死だ。
桜井くん、侍女衆にモッテモテだな。同じ金平糖を食べさせた筈なのに、兼継殿との落差は何なんだ。
しかしそういう事なら仕方がない。 私は桜姫の手を取って苦笑した。
こんなのを見せられたら、とてもじゃないけど連れてなんて帰れない。
「桜姫、私はひとりで帰ります。ここまで引き留められては、姫も侍女衆と別れ難いでしょう」
「いやよ雪村! わたくし、雪村とひと冬も離れるのは嫌だわ!」
桜姫がぶんぶんと首を振りながら即座に拒絶する。こっちはこっちで必死だけど、私はどうしたらいいんだろう。
上手い妥協案が出なくて困っていると、老女がこほんと咳払いをして私を見た。
「埒があきませんね。そうだわ雪村。あなたが越後に滞在する事は難しいの? 夏にはそうしていたでしょう?」
「これでも私は沼田の城代です。上野の冬は、越後ほど雪に閉ざされませんから、それなりにやる事があります」
冬の間は農民の手が空くから、普請役はこの期間にお願いする事にしている。
あ、普請役っていうのは『労働で支払う税』のこと。現代なら『税金』としてお金をバカスカ取られていくだけだけど、この時代の農民は主に、米を納める『年貢』と、城の改修や道の整備なんかの土木工事に従事する『普請』って税が課せられる。
今年は温泉を作ったし、それ絡みの普請を頼もうと思っているんだよね。
だから居ないって訳にはいかない……けど。
侍女衆は必死で引き留めているし、桜姫は桜姫で沼田に来ようと必死だ。
でも私も、ひと冬ここに滞在なんて出来ない。
ここの侍女衆には、安芸さんの件でお世話になっているしなぁ。じゃあ私も、多少は妥協しなきゃ。
「ひと冬は無理ですが、数日なら」
そう返事をすると、何故か桜姫よりも、侍女衆の方から鬨の声が上がった。
*************** ***************
「着物の洗い替えですか?」
「そうなの。今はちょっと切らしていて。影勝様のお召し物では大きさが合わないでしょう?」
私はこくりと頷いた。
着替えの事なんて考えてなかったよ、急に滞在する事になったからなぁ。
先刻まで私は、侍女衆に交じって大掃除を手伝っていた。お堂の梁に上って煤払いをしたせいで着物が汚れてしまっている。
多少は煤が付いているけど、泥だらけって訳じゃない。小袖の胸元を払いながら、私は笑って返事をした。
「大丈夫です。払えば落ちますし、このままで構いませんよ」
「そういう訳にはいかないわよ。乾くまで侍女用の洗い替えを着ていて頂戴」
無理矢理小袖をひっぺがされ、ここの侍女衆がお揃いで着ている臙脂の絣を押し付けられた。
*************** ***************
「臙脂の絣を着ていると、何だかここの侍女になった気がします」
ひと休みのお茶をいただきながら苦笑して冗談を言うと、周囲の侍女衆も「いっそなってしまいなさいよ」と軽口を返してくる。
そんな私達を見て、老女が澄まし顔で居住まいを正した。
「ではひとつ、侍女らしいお仕事を頼もうかしら? 御殿にお使いに行って頂戴」
「それは困ります! 兼継殿に見つかったらまた「女装するな」と怒られます!」
死ぬほど慌ててぶんぶんと首を振ると、侍女衆は一斉に大笑いした。
笑いごとじゃないんですよ。
桜姫が何か言いたげにもぞもぞしているけど、人垣に阻まれて近づけない。