表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

139/383

139.煎餅謀略戦

「兼継。俺はそんなつもり無いから、牽制(けんせい)しなくていいぞ」


 こっちも何だか分らない事を言って、泉水殿が桜姫の手からお煎餅を取り上げた。


美味(うま)そうな煎餅(せんべい)ですね。兼継もああ言ってますし、俺が(もら)ってもいいですか?」


 いやあ腹が減ってて、と言いながら、泉水殿はにこにこ笑って煎餅に(かじ)りついた。

 泉水殿としてはこれ以上、桜姫のアイテムで()めたくなかったんだろうけど、桜姫と私は同時に「あっ」て顔になる。


「……!? ぐはァっ!!」


 案の定、数回咀嚼(そしゃく)した後で固まった泉水殿が、豪快な()()みとともに煎餅を()き出した。


 ちっ と舌打ちする桜姫と、げほげほと涙目で咳き込む泉水殿。

 冷静に侍女を呼び、「水を」と指示する兼継殿。


 私は頭を抱えたい気分になった。

 あの赤い煎餅は唐辛子(とうがらし)だ。別に身体に害になるものじゃないけど、ちょっと待て。


「桜姫、あの唐辛子は、私の部屋にあったものじゃないですか……!?」

「当たり!」

「当たり! じゃないですよ。この時代では、唐辛子は『(どく)』扱いですよ……!」


 私は声を抑えて桜姫に(ささや)いた。桜姫は、まだきょとんとしている。


 唐辛子で実際に死ぬ訳じゃないけど、戦国時代ではその(から)さゆえに毒扱い、もしくは足袋(たび)の先に入れるカイロ扱いで、香辛料として食べる習慣は(まだ)無い……と、先日大阪で買った生薬の本に書かれてあった。


 その「種子(たね)付限定版」には、唐辛子の種も入っていたから植えたんだけど、まさかこんな事になるとは思ってなかったよ。


「泉水殿、多少(のど)がひりつきますが、死にはしません。水を飲めば治りますから」

「多少!? 多少なの、これ!??」


 咳き込む背を()でつつ伝えたけれど、泉水殿が涙目のまま、信じられない様子で見返してくる。

 侍女が持ってきた水を飲んで落ち着いたところで、泉水殿は(うら)みがましく兼継殿を見遣(みや)った。


「兼継、知っていて俺に(すす)めたのか?」

「私が知る訳がないでしょう。ただ桜姫は私宛の手土産に、毒茸(どくきのこ)仕込(しこ)んだ前例がありますからね。警戒はしていましたが、まさか雪村からの土産と(いつわ)ってまで、毒を盛るとは思いませんでした」


 泉水殿が腹を()かせていなければ、私が食べていましたよ


 イケメンが(うれ)いを(にじ)ませて俯くと、全くその通りって気分になってくる。うんうんと(うなず)いている泉水殿も多分、自分がうまく言い(くる)められた事に気付いていない。


 まずい。桜姫としては、ちょっとした悪戯(いたずら)のつもりだっただろうに、兼継殿の手にかかると、あっと言う間に凶悪殺人犯の爆誕(ばくたん)だ。

 さすがと状況の不味さに桜姫も気が付いたらしいけど、理論(りろん)的な反論ができずに、口をぱくぱくさせている。


 仕方が無いなぁ。


「兼継殿、泉水殿、申し訳ありません。この唐辛子(とうがらし)は私の部屋にあったものです。今、生薬(くすり)についての勉強をしていまして、さまざまな植物を植えているのです。桜姫はこれが毒だとは知りませんでした」


 桜姫を(かば)って前に立ち、私は二人に頭を下げた。

 まさか唐辛子を食べさせて謝罪する日が来るなんて、思ってもみなかったよ。

 そんな私に桜姫が楚々(そそ)と寄ってきて、そっと肩口に寄り()ってくる。


「あなたに謝らせるなんて。全部、兼継殿のせいよね? ごめんなさい雪村……」

「桜姫……」


 何だ何だ桜井くん、ずいぶん甘えてくるなあ!

 内心でツッコみながら顔を上げると、ずかずかと近づいてきた泉水殿が、がばりと私と桜姫の肩を抱いた。


「よぉーし、後は俺に(まか)せておけ! さあ帰った帰った!」

「え? えっ??」


 何だかよく解らないけど、そのまま強引に、部屋から追い出されてしまった。

 ……被害者がもういい、って言うんだから、大丈夫だよね? 


 私は桜姫と御殿を後にした。



 ***************                *************** 


「最後に兼継に一矢(いっし)報いられて良かったよ。サンキューな、雪」


 奥御殿までの道すがら、桜井くんは満足げだけど私はすっきりしなかった。桜姫の好感度を上げに行った筈なのに、唐辛子煎餅のせいで台無(だいな)しになった気がする。


「せっかく金平糖を食べさせるミッションには成功したのに、いまいち好感度が上がった気がしないなー」


 もそもそとぼやくと、ちょっと(あき)れ顔の桜井くんに「別にあの金平糖、媚薬(びやく)でも何でもないんだからさ」と返された。


 そりゃそうだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ