137.金平糖攻防戦2
「あれ雪村、今日は女子に化けてないの?」
桜姫の部屋を出て御殿へ向かうと、執政の仕事部屋・【松の間】へ通された。
ちょうど部屋に居た泉水殿が、私を見て不思議そうな顔をする。
「化ける」とは、泉水殿もなかなかキツいな。
「あの時は侍女に偽装して、安芸殿に会いに行ったのです。普段はこの通りですよ」
「そうか。あれ、かわ」
「『可哀そう』などと、泉水殿も人が悪いな。雪村とて女装など、したくてした訳ではないでしょうに」
庇ってる風を装った兼継殿が速攻でディスってきて、私と泉水殿は顔を見合わせた。これは相模に行く前に逃げ出した事を まだ怒ってるみたいだ。
安芸さんに会いに行くのが、何でそんなに不味かったんだろう。一応、真木の間者になってくれるって、ちゃんと約束しているよ?
まあいいや、この金平糖で ついでにご機嫌も直して貰おう。
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「家臣に伝達する事があるから、ちょっと外すな」
泉水殿が部屋を出て行ってしまい、部屋に兼継殿とふたり残されてしまった。
様子を伺ってみたけれど、仕事の手を止めて「何かあったか?」と聞いてくる兼継殿は、さほど怒っているようには見えない。
ご機嫌斜めの理由を聞くきっかけを失って、結局私は黙って懐から紙包みを取り出した。
「珍しいお菓子をいただいたので、おすそ分けです」
「金平糖か」
「はい。桜姫が先日の観楓会で頂いたそうで、兼継殿に是非にと」
「そうか。ではいらない」
あっさり返され、私は金平糖を手にしたまま ぽかんと兼継殿を見返した。
ぽかんとしてる私に、兼継殿が小さく吐息をつく。
「何を考えているのかは知らんが、おそらくそれはお前が貰ったものだろう。お前が食べなさい」
くそう バレたか。あんな言い方しているけど、絶対に桜姫からのアイテムを受け取りたくないだけだよ。
雪村相手だと大人ぶるのに 大人げないなあ。
「ではせっかくのお菓子ですし、一緒に頂きましょう」
「絶対にいらない」
即座に拒絶された。ほら本音はこっちだよ。
ほんとに何でこんなにドン底まで落ち込んでるのさ? 好感度。
しかしここで引く訳にはいかない。何が何でも好感度を底上げだ。
私は黄色い星みたいな金平糖をひと粒摘まんで、兼継殿を見据えた。
「私は桜姫より「兼継殿にお裾分けするように」と言われました。是が非でも食べて頂きます」
「ほう。大層な自信だが、今のお前にそれが出来るか?」
兼継殿が悪い笑顔になっている。
これはこちらも、心してかからねばならない。
「身体が小さくなっている分、今までより敏捷性は増していますよ?」
「もっと捷かった子供の頃を知る私に それを言うとは笑止。試してみるか?」
金平糖を手に私が飛び掛かるのと、兼継殿が飛び退るのが同時だった。
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全っ力で捕まえようとしてるんだけど、でかい図体してるくせに兼継殿が結構機敏で捕まらない。
家老職なんて、戦じゃ後方で作戦指揮だろうに、二十五歳くらいだとまだ現役の戦国武将だな。
雪村のスペックが兼継殿に劣る訳がないんだから、足を引っ張ってるのは私自身の運動能力だ。これは修行しなきゃダメだ……
でもどこで修業しよう?
怨霊退治が一番効率がいいけれど、越後に『歪』が無くて怨霊が出ないのと似た理由で、真木の領内も小型の弱い怨霊しか出ない。
この世界には『歪』っていう『この世界と霊界の境目にある裂け目』があって、怨霊はここから出てくるんだよね。
そして霊獣も『あっちの世界』の生き物だから、『歪』の中に出入り出来る。
『歪』に入って、行きたい場所近くの『歪』から出る事で、移動のショートカットが可能になる。
越後で『歪』を全部塞いでいる理由は、神龍が通れるサイズの『歪』を残しておくと、土蜘蛛サイズの大型怨霊がわんさか出てくるからだ。
逆に真木領では、ほむらが通れる程度の『歪』は残している。
でもこのサイズだと、弱い怨霊しか出てこないから、修行にならない。
どうしようかなぁ……
「気を散らすとは余裕があるな」
兼継殿の手がすっと伸びて、私の右手首を払った。ぽん、と指先から零れた金平糖を慌てて掴みなおし、注意を兼継殿に向け直す。
考え事をしてる場合じゃなかった、デスクワークで鈍っていると思ってたのに全然だもん。
それに。
私は兼継殿に気付かれないように息を整えた。
この身体、敏捷性が上がった代わりに、攻撃力と耐久力にマイナス補正がかかっている。
疲れで速度も落ちてきているし、このままだとジリ貧だ。何か手を打たないと……
私は文机に駆け寄り、置かれていた紙をひっつかんで、目くらましにばら撒いた。仕事部屋を散らかすなんて迷惑極まりないけど、ここはもう、手段を選んでいられない。
いきなり紙をばら撒くとは思って無かったみたいで、兼継殿の注意が逸れた。
今だ!
張り切って踏み込んだ途端。
私は自分でばら撒いた紙を踏んで、おもいっきり足を滑らせた。