136.金平糖攻防戦1
「……湿気ってるわ」
お煎餅を食べた桜姫の、第一声がそれだった。
よく考えたら当たり前だよ。お煎餅は饅頭に比べて日持ちするけど、外に出しておくと湿気って柔らかくなる。
「申し訳ありません。失念していました」
頭を抱えたいところだけど、煎餅でそれは大袈裟すぎる。
大袈裟すぎるけれど、侍女衆みんなに行き渡るようにって買っちゃったから、頭を抱えたくなるくらい大量なんだよ、どうしよう。
すると老女が「もう一度炙れば良いでしょう。そろそろ寒くなってきましたし、火鉢を使うのが良いわ」と提案してくれたので、お煎餅は無事、かりかりに戻りました。
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手を翳すと、火鉢の暖かみが、ほっこりと心地いい。
向かい合って、炙ったお煎餅をひっくり返していた桜姫が、ふと思い出した顔をして私に話しかけてきた。
「お煎餅のお礼って訳じゃないけれど、雪村に渡したいものがあるの。あとで時間を貰っていいかしら?」
「はい、何でしょう?」
「ふふ、南蛮のお菓子をいただいたの。可愛いのよ?」
超絶美少女姫はいたずらっぽく笑いかけてくる。
「楽しみです」と私もにっこり笑い返した……けど。
桜井くん、男なのによくこんなキャラを演じられるな!
敬語話しているだけで何とかなっている私とは、えらい違いだよ。
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現代から来た私達にとって、この時代のお菓子に目新しいものは無い。
桜姫が言う『南蛮渡来の可愛いお菓子』は金平糖だった。
「どうしたのこれ? この時代じゃ金平糖なんて、なかなか手に入らないでしょ?」
現代の戦国時代ならポルトガルからの輸入品で、織田信長に献上されてたはずだ。それぐらいのレアアイテムだよ?
「秋の観楓会で配られたんだってさ。オニイサマは食べないからって、俺にくれたんだ」
ふたりきりになった途端に桜井くんもラフな口調に変わり、四角く切った紙の上にぱらぱらと数粒置いた。
侍女衆にも配ったみたいで、瓶に入った金平糖は半分くらいに減っている。
へえ、と紙の上からピンクの一粒を手にとって、ふとある事に気が付いた。
観楓会で貰うお菓子は、ゲームでは『好感度UPアイテム』だ!
「ちょ、桜井くん! これってゲームだと、貴重な好感度UPアイテムだよ!? 私じゃなく他の人に使いなよ!」
「それならもう侍女衆に配って、好感度が爆上がり中だよ。って言うか、桜姫が雪村の好感度を上げて、どこかおかしいのか?」
「今の雪村は女の身体だから、好感度を上げてもイベント進めようがないよ。それにいつ戻れるかも判らないんだから、ここは割り切って兼継殿の好感度を上げようよ。それでなくても低空飛行なんだから、ここでドカンと上げないと次のイベントを起こせないよ?」
「諦めるなよ! 兼継の好感度稼ぐ難易度の高さに比べたら雪村が男に戻るのを待つ選択の方が俺の精神衛生上絶対にいいよ!」
男に戻れって事は「早よ契れ」って意味になるんですが、解って言ってますかね?
何となくそうかなと思ってたけど、やっぱり桜井くんは雪村狙いだったか。
半泣きみたいな表情で一息にまくしたてられると、何だか可哀そうな気もするけど、ここは流石に譲れない。
だってここは『花押を君に~戦国恋歌・NEO~』の世界観に準拠しているみたいだから、雪村のイベントを進めたとしても、いずれ18禁イベントで行き詰まる。
私は少し表情を和らげて、諭すように話しかけた。
「雪村ルートは諦めてよ。ちなみに『カオス戦国』の雪村ルートって終わってる?」
死亡エンドしかないアレを見ても『雪村ルート』に入ろうとしているのなら、ちょっと説教しなきゃならない。
案の定、雪村ルートはまだやってないらしくて、桜井くんは情けない表情のまま首をふるふると振っている。
ネタバレするのも申し訳ないし「雪村ルートが終わったら、もう一度返事を聞くよ」とだけ伝え、私は妥協案を提示することにした。
「じゃあこの金平糖、貰ってもいい? 私が兼継殿に「桜姫からです」って渡してくる」
兼継恋愛イベント其の一で、どんな失敗をしたのか知らないけれど、桜姫には兼継ルートに進んで貰わなきゃ困る。
兼継ルートは『カオス戦国』で唯一、雪村が死ぬ『大阪夏の陣』前にエンディングを迎えるんだから。
今の私は『死亡が確定してない』ルートに、雪村生存の道を見い出すしかない。
桜井くんは渋々って感じで、ぶつぶつ言っている。
「お前がそうしたいなら構わないけどさ。何でそんなに兼継を推すかな……」
兼継ルートしか 生き残る目が無いからだよ。
ネタバレになるからそれは隠して、私はにっこりと桜井くんを励ました。
「だってもう、兼継ルートしか恋愛イベントを進められないでしょ? 頑張ろうよ。まだ気まずいなら私も好感度上げを手伝うからさ。桜姫の影武者だとでも思って使ってよ」
兼継殿は兼継殿で「雪村は桜姫の事が好き」だと勘違いしてるから、このふたり全然進展しないんだと思う。
ただ現在の雪村はこんな身体だし、兼継殿もまさか百合を推奨してこないだろう。
今がチャンスだ。
私は金平糖を懐に仕舞って立ち上がった。