表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

136/383

136.金平糖攻防戦1

「……湿気(しけ)ってるわ」


 お煎餅(せんべい)を食べた桜姫の、第一声がそれだった。

 よく考えたら当たり前だよ。お煎餅は饅頭(まんじゅう)に比べて日持(ひも)ちするけど、外に出しておくと湿気って柔らかくなる。


「申し訳ありません。失念していました」


 頭を抱えたいところだけど、煎餅でそれは大袈裟(おおげさ)すぎる。

 大袈裟すぎるけれど、侍女衆みんなに行き渡るようにって買っちゃったから、頭を抱えたくなるくらい大量なんだよ、どうしよう。


 すると老女が「もう一度(あぶ)れば良いでしょう。そろそろ寒くなってきましたし、火鉢(ひばち)を使うのが良いわ」と提案してくれたので、お煎餅は無事、かりかりに戻りました。



 ***************                ***************


 手を(かざ)すと、火鉢の(あたた)かみが、ほっこりと心地いい。

 向かい合って、炙ったお煎餅をひっくり返していた桜姫が、ふと思い出した顔をして私に話しかけてきた。


「お煎餅のお礼って訳じゃないけれど、雪村に渡したいものがあるの。あとで時間を(もら)っていいかしら?」

「はい、何でしょう?」

「ふふ、南蛮(なんばん)のお菓子をいただいたの。可愛いのよ?」


 超絶美少女姫はいたずらっぽく笑いかけてくる。

「楽しみです」と私もにっこり笑い返した……けど。


 桜井くん、男なのによくこんなキャラを演じられるな! 

 敬語話しているだけで何とかなっている私とは、えらい違いだよ。



 ***************                *************** 


 現代から来た私達にとって、この時代のお菓子に目新(めあたら)しいものは無い。

 桜姫が言う『南蛮渡来(とらい)の可愛いお菓子』は金平糖(こんぺいとう)だった。


「どうしたのこれ? この時代じゃ金平糖なんて、なかなか手に入らないでしょ?」


 現代の戦国時代ならポルトガルからの輸入品で、織田信長に献上(けんじょう)されてたはずだ。それぐらいのレアアイテムだよ?


「秋の観楓会(かんぷうかい)で配られたんだってさ。オニイサマは食べないからって、俺にくれたんだ」


 ふたりきりになった途端(とたん)に桜井くんもラフな口調に変わり、四角く切った紙の上にぱらぱらと数粒置いた。

 侍女衆にも配ったみたいで、(びん)に入った金平糖は半分くらいに減っている。

 へえ、と紙の上からピンクの一粒を手にとって、ふとある事に気が付いた。


 観楓会で貰うお菓子は、ゲームでは『好感度UPアイテム』だ!


「ちょ、桜井くん! これってゲームだと、貴重な好感度UPアイテムだよ!? 私じゃなく他の人に使いなよ!」

「それならもう侍女衆に配って、好感度が爆上がり中だよ。って言うか、桜姫が雪村の好感度を上げて、どこかおかしいのか?」

「今の雪村は女の身体だから、好感度を上げてもイベント進めようがないよ。それにいつ戻れるかも判らないんだから、ここは()り切って兼継殿の好感度を上げようよ。それでなくても低空飛行なんだから、ここでドカンと上げないと次のイベントを起こせないよ?」

(あきら)めるなよ! 兼継の好感度(かせ)ぐ難易度の高さに比べたら雪村が男に戻るのを待つ選択の方が俺の精神衛生(せいしんえいせい)(じょう)絶対にいいよ!」


 男に戻れって事は「早よ契れ」って意味になるんですが、解って言ってますかね?


 何となくそうかなと思ってたけど、やっぱり桜井くんは雪村狙いだったか。

 半泣きみたいな表情で一息にまくしたてられると、何だか可哀そうな気もするけど、ここは流石(さすが)に譲れない。


 だってここは『花押を君に~戦国恋歌・NEO~』の世界観に準拠(じゅんきょ)しているみたいだから、雪村のイベントを進めたとしても、いずれ18禁イベントで行き()まる。


 私は少し表情を(やわ)らげて、(さと)すように話しかけた。


「雪村ルートは諦めてよ。ちなみに『カオス戦国』の雪村ルートって終わってる?」


 死亡エンドしかないアレを見ても『雪村ルート』に入ろうとしているのなら、ちょっと説教しなきゃならない。

 案の定、雪村ルートはまだやってないらしくて、桜井くんは情けない表情のまま首をふるふると振っている。


 ネタバレするのも申し訳ないし「雪村ルートが終わったら、もう一度返事を聞くよ」とだけ伝え、私は妥協案(だきょうあん)を提示することにした。


「じゃあこの金平糖、(もら)ってもいい? 私が兼継殿に「桜姫からです」って渡してくる」


 兼継恋愛イベント()の一で、どんな失敗をしたのか知らないけれど、桜姫には兼継ルートに進んで貰わなきゃ困る。


 兼継ルートは『カオス戦国』で唯一、雪村が死ぬ『大阪夏の陣』前にエンディングを迎えるんだから。

 今の私は『死亡が確定してない』ルートに、雪村生存(せいぞん)の道を見い出すしかない。

 桜井くんは渋々って感じで、ぶつぶつ言っている。


「お前がそうしたいなら(かま)わないけどさ。何でそんなに兼継を()すかな……」


 兼継ルートしか 生き残る目が無いからだよ。

 ネタバレになるからそれは隠して、私はにっこりと桜井くんを(はげ)ました。


「だってもう、兼継ルートしか恋愛イベントを進められないでしょ? 頑張ろうよ。まだ気まずいなら私も好感度上げを手伝うからさ。桜姫の影武者だとでも思って使ってよ」


 兼継殿は兼継殿で「雪村は桜姫の事が好き」だと勘違(かんちが)いしてるから、このふたり全然進展しないんだと思う。

 ただ現在(いま)の雪村はこんな身体(おんなのこ)だし、兼継殿もまさか百合を推奨してこないだろう。


 今がチャンスだ。


 私は金平糖を(ふところ)仕舞(しま)って立ち上がった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ