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135.【番外編】安芸追憶 5 ~side A~

『越後の雪』から届いた文を文箱(ふばこ)仕舞(しま)いながら、私は考えます。

 これが雪村なら「会わない」という選択肢などありえません。代行の侍女が寄越(よこ)されるのかも知れませんが、雪村のために私に出来る事があるのです。


 ぜひ会いたい(むね)(ふみ)(したた)め、私は再び返事を待ちました。



 ***************                ***************


 小田原に(いち)が立つ日。私は少し緊張しながら城下へと出掛(でか)けました。

 簡単に約束をしましたが、小田原の市は人出(ひとで)が多いので無事に会えるか心配です。

 だって私は『雪』の外見を知らないのですから。


 私は『白紬(しろつむぎ)の女性』という情報だけを頼りに、市を探し始めました。

 しかし白い着物の女性など、いくらでも歩いています。

 今年は五年に一度の『白桜祭(はくおうさい)』という、夏桜(なつざくら)を愛でるお祭りがあった事もあり、白い着物が大流行していたのです。


 真木の旗印(はたじるし)でも(かつ)いでくれていれば楽なのに。

 詮方無(せんかたな)き事を考えていると、近くの茶屋から()めている声が聞こえてきました。

 どこか聞き覚えのある声に顔を向けると、女の子の腕を(つか)んで強引に連れて行こうとしているのは、お城でお見かけする事がある難波殿でした。


 城下警邏(けいら)(にん)を拝命している父の配下になりますが、「職務中にも(かか)わらず、城下の女性に(かま)う事が多い」との苦情も寄せられている御仁(ごじん)です。


「私ではありません」


 必死で抗議している少女は、盗人(ぬすびと)の疑いを掛けられたようです。


『難波殿は、気に入った女性に、盗人の()(ぎぬ)を着せて連れ出すらしい』

 話には聞いていましたが、実際にそういった現場に出くわすのは初めてでした。


「私の連れに何をするつもり?」


 父が頭を抱えている事もあり、私は咄嗟(とっさ)に、そのいざこざに割り込みました。



***************                *************** 


「ありがとうございます。助かりました。安芸殿」


 ほっとした表情で雪村が笑います。

 まさか(から)まれていた女の子が『越後の雪』だとは思いませんでしたが、それ以上にその()自身が『病で女性の身体になった雪村』だという事に私は驚きました。


 よく見ると、五年前の雪村の外見そのままですが、薄化粧を(ほどこ)した可愛らしい顔も、白花を()した絹糸のような髪も、どこから見ても可憐(かれん)な少女にしか見えません。


 そのような病が本当にあるのでしょうか。

 しかし私は心のどこかで、()もありなんとも思いました。


 これはきっと神様が、兼継様にご褒美(ほうび)を与えたのだわ。


 五年前、ご自分の評判を落としてまで(かば)った雪村は、結局甲斐(かい)へと戻されました。

 それが本意では無かったらしい剣神様が、溜め息をついて言ったのです。


「雪村が女童(めのわらわ)だったら良かったのにね。兼継もあのような()を使う必要(こと)も無かったし、いざとなれば政略結婚って手があったのにさ」と。


 きっと天に戻られた剣神様が、そのように差配(さはい)なさったのです。


「安芸殿もあまり驚かれないのですね。越後の方たちは皆そうです」


 雪村は、さほど驚いていない私たちを不思議に思っているようだけど、それはきっと皆、私と同じように思っているからよ?


 ただ雪村は、つい最近まで男子だったせいか(すき)がありすぎです。おそらく先程(さきほど)の難波殿の件だって、単に窃盗(せっとう)の疑いを掛けられただけと思っているのでしょう。


 兼継様は今も気が気じゃないでしょうね。紅を(ぬぐ)った程度では、男子の視線を(かわ)す事など全然無理です。

 それに()りに()って、この外見の雪村を相模に寄越(よこ)すなど。


 だってここには、首藤殿が居るのですから。


 きっと雪村は、兼継様を()()いてここへ来たのだわ。兼継様が今、どんなに越後でやきもきしているかなんて、解っていないのでしょうね。


 そう思うと少し可笑(おか)しくなりました。


 再会してからの雪村は、ちょっとだけ兼継様に(さか)らう子になったようです。

 でも兼継様は、神様にご褒美を貰ったのだもの。それくらいは振りまわされれば良いのだわ。


 そしてふと思います。

 私は昔の雪村とは違う、ちょっぴり反抗的なこの『雪村』に命を救われたのではないかしら?



***************                *************** 


 雪村の用件は「東条で『沼田に関する(うわさ)』が出ていないか教えて欲しい」というものでした。

 最近は聞いた事はありませんが、上森と武隈の(いくさ)()りには、確かにそう言った話がありました。


 沼田城は東条・上森・武隈の領土の、境界線(きょうかいせん)上に位置する城です。

 武隈の支配下に置かれる前は東条方の城でしたし、真木が()っていなければ 武隈滅亡のどさくさで、東条が一番最初に狙った城でしょう。

 城代(じょうだい)だという雪村が、警戒(けいかい)するのは当たり前です。


「いよいよ私も間者のお仕事再開ね。期待していてちょうだい」


 緊張している雪村を安心させようと、私は胸を張って()()いました。



+++


 そのまま別れるのが惜しくて、私は市の散策(さんさく)に、雪村を誘いました。

 外見は出会った頃の雪村そのままですし、ちょっとだけ()()き気分を味わいたくて。それに女子同士なら、気安(きやす)く話せそうです。


 焼きたてのお煎餅(せんべい)を食べながら並んで歩いていると、雪村が母の体調を聞いてきました。


「相変わらずね。もともと身体の弱い方だから。最近は夜になると()き込んでいて、少し心配なの」


 私としては母の具合が悪いのは日常で、こんな話も世間話の範疇(はんちゅう)のようなものですが、雪村はとても心配そうでした。


「今、沼田に湯治(とうじ)の温泉と療養所(りょうようじょ)を作りたいと思っているところです。まだ先になりますが、是非(ぜひ)いつか母上様といらして下さい」


 柔らかく微笑(ほほえ)んで 気遣(きづか)ってくれます。

 雪村は優しいのね。

 何だか神様の(おぼ)()しだとしても、兼継様に渡すのは惜しい気がします。


 どうか雪村が、いつまでも兼継様に反抗的でありますように。

 そう願った私は意地悪なのでしょう。



***************                *************** 


 今後の連絡の取り方を確認した後で、私たちは別れました。上野(こうずけ)は遠いですから、この姿の雪村を、夜遅くに出歩かせる訳にはいきません。


 別れを惜しむ私に手を振り返していた雪村が、前からきた男にぶつかりかけました。

 (すん)でのところで(かわ)し、謝罪したのでしょう、その男を見上げて何事(なにごと)か話しかけてから、口の動きだけで『大丈夫です』と伝えてきます。



 男の横をすり抜けて行く雪村と、茫然(ぼうぜん)と見送る男を見つめたまま、私は動けませんでした。



 小田原城下は広いのに。

 出会う確率など万にひとつも無いと思っていたのに。

 何故、よりによって。



 雪村がぶつかりかけた男は 首藤殿でした。


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