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133.【番外編】安芸追憶 3 ~side A~

 翌日、親しくしている奥御殿の侍女が、こっそりと『風鈴草(ふうりんそう)』を渡してくれました。雪村の部屋の前に置かれていたそうです。


 秋海棠(しゅうかいどう)は彼女にお願いして置いて(もら)ったのですが、『感謝』を意味するその花に、私は心底ほっとしました。


「気持ち悪がられなくて良かった」と


 越後で『返花が風鈴草』といえば『お友達でいましょう』と同義です。

 それはこの『花贈(はなおく)り』で、一番女性から花を贈られている兼継様が、全員に『風鈴草』を返花している事からそう言われています。


「雪村はきっと樋内(ひうち)殿のまねをしただけよ?  もっとがんがん押さなきゃ。あの子、こういう事にはちょっと(うと)いから」


 友人の侍女は応援してくれたけれど、私はこの花だけで十分です。

 もう少し、という思いもありますが、今は首藤殿を(かわ)し切るのが先です。



 ***************                ***************


「樋内殿と首藤殿が、雪村を(めぐ)って()めたらしいわよ」

「何でも樋内殿が『雪村は自分が先に見初(みそ)めたのだから引き下がって欲しい』と首藤殿を牽制(けんせい)したとか」

「剣神様は事を(おさ)める為に、雪村を甲斐へ戻すそうよ」


 その話は一気に城を駆け巡り、奥御殿はその噂で持ちきりになりました。

 それから程無(ほどな)く、本当に雪村が甲斐へ戻されてしまった事もあり、噂は尾鰭(おひれ)がついて酷いありさまでした。


 もしかすると首藤殿自身が、なにか(ひど)い噂を流したのかも知れません。


 先にそのような事を言い出したのは首藤殿だった(はず)なのに、気付けばまるで兼継様が元凶のような扱いでした。


「私、樋内殿に花を贈った事があるのよ? 道理(どうり)色良(いろよ)い返事がいただけなかった訳だわ」

「あーあ。せっかくの美男なのに、男色なんて残念ねぇ」


 (きょう)()めしたように文句を言う侍女たちを見ながら、私の気持ちは複雑でした。

 兼継様がそういった嗜好(しこう)をお持ちでない事を、私は知っていたからです。


 私は剣神様のおつかいで鍛錬場まで行った時、兼継様と雪村がふたりきりで鍛錬している所を見ていますが、そのような甘やかな雰囲気など微塵(みじん)もありませんでした。

 (きび)しい鍛錬に息を(あら)げている雪村など、 私は見ているだけでどきどきしましたが、兼継様はあっさりと手拭(てぬぐ)いを投げ渡しただけでしたし。


 それなのに兼継様は何故、あのような事を言ったのでしょう。


「皆様、その様な事はもう言わないで。だって私、雪村に花を贈った事があるのよ? これじゃあ樋内殿が恋敵(こいがたき)になってしまうじゃないの」

「強敵よ? 頑張りなさい」


 冗談めかした私の苦情に、周囲の皆がおかしそうに笑います。


 そう、『強敵』。

 私はやっと気が付きました。


 首藤殿にしてみれば、世話役の兼継様から雪村を引き離す事が最大の難関です。

 それさえ出来てしまえば雪村は人質の身分ですから、陰虎様の近習(きんじゅう)である首藤殿に強要されれば、(さか)らうのは難しいのではないでしょうか。


 だから兼継様は、あのような形で雪村を(かば)ったのです。首藤殿が二度とそのような事を言い出せないように。

 ……ご自分の評判を落としてまで。



 あのような事があった後、兼継様に花を贈る女性は居なくなりました。

 それでも兼継様は、普段と何ら変わる事なく飄々(ひょうひょう)としていらっしゃいます。

 ……私は恥ずかしくて(たま)りませんでした。

 私はといえば、気持ち悪がられるのを恐れるあまり、名を明かす勇気すら無かったのですから。


 その時に思い知ったのです。


 私は 兼継様には絶対に勝てない、と。

 所詮(しょせん)は自分のことが一番だった私が、(かな)うはずがないのです。


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