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128.相模遠征2

 相模に(いち)が立つ日が来たので、私はまず越後に向かった。

 ほむらがいなかったら、無茶苦茶な行程(こうてい)だ。


 まだ秋だけど白の(つむぎ)で大丈夫かな、ってちょっと心配していたら、侍女衆が淡紫(たんし)(えり)を重ねてくれた。

 菊重(きくがさね)という秋の配色らしいけど、紬の柄の色とも合っていて いい感じだ。

 現世でいう『(かさね)』って確か、薄い絹越(きぬご)しに色を()かした『裏表のかさね』と襟元(えりもと)袖口(そでぐち)にいろんな色が重なっている『重ね着のかさね』があった(はず)だけど、こっちの世界ではどうなっているんだろう。


 まあいいか。


 着物のお洒落(しゃれ)な着付けは私じゃ無理だから、遠回りだけど寄って良かった。

 お礼を言って立ち上がりかけたら、老女に呼び止められた。


「まだ少しもの足りないわねぇ。ちょっと御化粧をしましょう」


 そこまでやる?

 桜姫と顔を見合わせたけど、越後では老女の(げん)は絶対だ。


 私は大人しく座りなおした。



 ***************                ***************


「何から何までありがとうございました。では行って参ります」

道中(どうちゅう)気を付けて。安芸によろしくね」


 桜姫と侍女衆に見送られ、庭を抜けて表へ出たら、ちょうどそこに兼継殿と泉水殿が通りかかって、ばっちりとかち合ってしまった。


「あ、兼継殿、和泉殿」


 誰? って顔をして首を(かし)げる泉水殿と、(かす)かに眉を(ひそ)める兼継殿。


「雪村か?」

「ゆ、雪村なの!? 本当に!?」


 老女の化粧技術、なかなかのモンでしょう? 気をよくして、やたらと驚いている泉水殿に挨拶(あいさつ)していると、兼継殿がずかずかと近づいてきた。そして。


「女性の身体になった自覚を持てとは言ったが、女装をしろとまでは言ってないぞ」


 そう言って私の(あご)を掴み、ちょっと乱暴に口元を(ぬぐ)った。


 紅花(べにばな)の紅が、兼継殿の指を赤く汚している。

 せっかく綺麗(きれい)に塗って貰ったのになぁ、ぼけっと兼継殿を見上げていたら、怒っているのか顔が赤い。

 兼継殿の言う『女性の自覚』って、ありすぎても無さすぎても駄目みたい。

 何だか難しいな。


 化粧した私をがっつり(にら)みつけた後で、兼継殿は つんと顔を()らした。


「こんな仮装をして、今度は何事だ」


 仮装(かそう)とは聞き捨てならないけど、まあそれは置いておいて。

 ちょっと怒ってる風の兼継殿に、これは言ってもいいものだろうか。でも後でバレる方がもっと厄介(やっかい)だから伝えておこう。


「安芸殿に会いに。ちょっと小田原まで行ってきます」

「「小田原!?」」


 何故か兼継殿と泉水殿の声がハモった。

「安芸殿」の方に反応すると思っていたから予想外だよ。おまけに泉水殿まで驚いている。

 これはもたもたしてると不味いかもしれない。


 何か言いかけた兼継殿の手を振り切って、私は慌てて逃げ出した。



 ***************                ***************


 小田原城下はとても広い。

 町全体を土塁(どるい)で囲った城下町は お店も田畑も内包(ないほう)していて、籠城戦になったらいくらでも耐えられそう。

 上田城も城壁内(じょうへきない)に家屋や寺があるけど、小田原は規模(きぼ)が全然違う。


 月に二回立つという(いち)も人がとても多くて、油断していると人混みに流されそうになる。私は安芸さんを見つけられるか、ちょっと心配になってきた。


 (はし)にある茶屋で張り込んでいよう。通りかかったらすぐに見つけられるように。

 安芸さんは女の雪村を知らないんだから、私が見つけなきゃ永遠に出会えない。


 お茶をちまちま飲みながら通りに目を配っていると、隣に座った男の人が、茶屋のお姉さんに「団子ふたつ」と声をかけているのがふと耳に入る。

 あ、私もお団子くらい頼めば良かったかなーとちらりと思いながらそのまま通りを見ていると、しばらくしてとんとんと肩を叩かれた。


「?」


 振り返ると隣に座っている男の人が、困り顔で団子の皿を(ゆび)さしている。

 指された皿を見ると、食べられた後の串が一本、お団子と並んで置かれていた。


「ねえ、僕のお団子、食べちゃったでしょ?」

「私ではありません」

「嘘は良くないよ。だって君、お団子頼んでないでしょ? 最初ッから隣のお団子を失敬(しっけい)するつもりでいたんじゃあないの?」


 どんな理屈(りくつ)なのさ!? 

 違います、と言う私に(かま)う事なく、男の人は私の腕を(つか)んで立ち上がった。


「それじゃお奉行(ぶぎょう)さまに(さば)いて貰おうかなー。ちょっと一緒に来て」


 戦国時代でまさかの万引き()(ぎぬ)!? この時代じゃ防犯カメラなんてないよ。

 どうしよう!??




「私の連れに 何をするつもり?」


 横合(よこあ)いから低い声が聞こえて、私と男の人は同時に顔を向けた。

 そこにはすっとした細身の女の人が立って居て、こちらを(にら)んでいる。


「安芸さ……」


 ほっとして呼びかけたら、私よりも先に男の人が「安芸殿!」と仰天(ぎょうてん)した。

 そんな男の人を見遣(みや)って、安芸さんがあら、といった顔になる。


「誰かと思えば難波殿ではありませんか。今日は非番(ひばん)なのでしょうか? 市中警邏(しちゅうけいら)の武士が勤務中に茶屋で一服。挙句(あげく)、領民に盗人(ぬすびと)の濡れ衣を着せるなど、父が知れば何と思うか」

「濡れ衣……いえ濡れ衣などでは……(げん)にこうして団子が」


 しどろもどろの男の人に、安芸さんがにっこりと微笑んだ。


「大の男が、団子のひとつやふたつで騒ぐのもどうかとは思いますが。口の(はし)(あん)がついておりますよ?」

「!!」


 即座に口を(ぬぐ)った男の人が 慌てて逃げていく。

 私は唖然(あぜん)とその後ろ姿を見送った後で、安芸さんに向き直った。


「ありがとうございます。助かりました、安芸殿」

「いいえ、どういたしまして……え!?」


 改めて私に向き直った安芸さんが、にこりと返事を返した後で仰天した顔になる。

 どうやら私だと気づいて助けてくれた訳じゃないみたいだ。




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