127.相模遠征1
「安芸さんから返事が来た」
桜姫から文が届き、私は急いで越後へと向かった。
これは日本史では発生する『小田原討伐』。これがこっちの世界でも発生するのかが判らないから、まずは相模に居る安芸さんに探って貰おうと文を出した その返事だ。
もしも既に動きがあった場合、真木と繋がっていると思われては安芸さんに危害が及びかねない。だから『雪』という架空の越後侍女を装ったんだけど。
さすが間者。得体のしれない者からの文にも「久し振り! ぜひ会いたいです」と自然な文を返してきている。
しかし安芸さんと面識があるのは『男だった頃の雪村』。
問題は私が会った時に どう説明すべきかだ。……やっぱり『真木の親戚筋』を偽装するのが無難だよね? 女になっているけど、今の私は十五歳頃の雪村にそっくりだって言うし。
「小田原城下の市は盛況だそうですね。見てみたいのでその時にお邪魔します」
賑やかな都会に憧れる侍女を装ってみる。きっとこういう時を狙った方が、人が多くて紛れやすいだろう。
返事の文をもう一度託し、私は改めて桜姫と侍女衆にお礼を言った。
「ありがとうございます。助かりました。また何かとお世話になると思いますので、引き続きよろしくお願いします」
深々と下げた頭を上げると、ぴんと背筋を伸ばした老女と目が合う。
「そうですか。では早速お世話を致しましょう。あなた、どんな格好で安芸に会いに行くつもりなの? まさかとは思いますがそのままではないでしょうね?」
「そうよ。越後の侍女を名乗るならそれなりの装いをして欲しいわ。上森家の沽券に関わりますからね」
そういえばそこまで考えてなかった。
ああでもお誂え向きに、兼継殿から女物の小袖を貰っていたじゃありませんか。『元・同僚に会う』のを装うんだから、紬で大丈夫だよね。
「兼継殿からいただいた小袖がありますので、それを使います」
何も考えずにそう言うと、部屋に居た侍女衆が一斉にきゃああと悲鳴を上げた。
意外すぎる反応にこっちがびっくりしていると、侍女衆がざざっと詰め寄ってくる。
「ゆ、雪村。どのようなものをいただいたの? 是非見たいわ!」
「はあ、それは構いませんが。たぶん兼継殿は、紬は桜姫に贈るには不相応だからと私に下さったんだと思いますよ」
桜姫は主家の姫だし、贈り物に普段着扱いの紬はちょっと……ってなったんだと思うよ、たぶん。
私はあの紬を気に入っているけど、やたらと高まってる期待値にちょっと引きつつ予防線を張っておく。
結局、安芸さんのところに行く前に越後に寄って、貰った紬を見せるという約束を無理矢理させられてしまった。
沼田は群馬、越後は新潟、相模は神奈川だから方向が全然違う。
ちょっと面倒だけど、これからもお世話になるだろうから無下には出来ない。
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秋も深まり、越後の紅葉は終わりかけの様相だ。紅から茶になった枯葉が、足元でかさかさ音を立てている。
その後、桜姫を散策に誘い出した私は、ここに来たもうひとつの用件を切り出した。
「あのね桜井くん、この前聞きそびれたんだけど。『カオス戦国』では雪村が女の子になるイベントが発生したんでしょ? そのままだった訳じゃないよね? どうやって雪村は男に戻ったの?」
「兼継と契ったら元に戻ったよ」
「……」
なんとなくそうかも、と思ってたけど、やっぱりそうだった。
陰陽転化がどうとかで『女性を極めたら男性に戻る』とかいうアレ……。あの時は兼継殿も確信は無さげだったけど、本当にそれで戻るのか。
あっさりそう言ったけど、桜井くんが何となく気遣わしげな視線で私を見ている。
そりゃそうだよ。イベントを先延ばしにしたせいで状況が進んでしまった。
「契る以外の方法を探す」と言ってくれた兼継殿は、他の方法を見つけられなくて「治せなかったら直枝家に迎える」とまで言い出したんだから。
そもそも兼継殿が責任を感じる必要なんて全く無い。
ましてこれが『ゲームのイベント』だというなら尚更なのに、私があの夜に兼継殿を頼ったせいで、とんでもない事になってしまった。
「酔った席での事だから暫く様子を見よう。本人も、言った事を後悔しているかも知れないし」
兄上はそう言っているけれど、正直、兼継殿が酔ってそんな冗談言うタイプだとは兄上も私も思っていない。
兼継殿の責任感の強さを甘く見てた……
けど、やっぱり酔ってなきゃ、男を『嫁にする』なんて言わないよ。
それに。
そんな事を言い出したって事は、兼継殿は『雪村が別人と入れ替わっている』って気付いてない。
『雪村が』困っているから そこまでするのであって、別人相手に言う訳がないよ。
バレてない。
それが解っただけで、身体の力が全部抜けそうなくらいほっとした。
それなら暫くは、このままの状態でいた方がいい。とりあえず今は、男に戻されたら困る。
『雪』って侍女が安芸さんに会いにいく事になっているし、探りを入れる段階までなら『男の雪村』よりも『女の雪村』の方が、誰だか判らないぶん警戒されない。
よし、しばらくは保留だ。
あと兼継殿ばっかりに頼ってないで、私も元に戻れる方法を探そう。