123.打診と打算と姫の災難4 ~side K~
美成も驚いたが、さすがとそれには信倖も驚いたようだった。
「待って! そこまで君がしなくていい。こうなったのは誰のせいでもないんだから、戻らなかったとしても雪村は生涯、僕の手許に置くよ」
「私は生涯かけてその方法を探すつもりだ。ならば手許に置いた方が都合が良い」
「で、でも」
おろおろし始めた信倖の背に向けて、美成が声をかけた。
「信倖、君は」
兼継の策に嵌まりかけてますよ、と言いかけた美成の腹に、信倖の脇をすり抜けて高速で飛んできた箸がどすりとぶつかる。
余計な事を言うなという事らしい。
口を噤んだ美成の耳に、朗々とした兼継の声が聞こえてくる。
「信倖、お前は「乳兄弟を雪村から離せ」との桜姫の忠告を聞き流した結果、あのような事になったらしいな。危機管理の観点から言うと感心しない。雪村をお前の手許に置いておいて、再発はないと言い切れるか?」
ばったんばったんに信倖が畳み掛けられている。
酔っている男とは思えない舌鋒の鋭さだが、混乱した信倖は気づかない。
「……何を見せられているんでしょうね、俺は」
美成は酒に口をつけながら、内心呟いた。
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項垂れたまま寝息をたて始めた兼継を眺め、信倖と美成は三度、顔を見合わせた。
「……僕、ちょっと床の準備をさせてくるよ。美成も泊まってく?」
「俺はいい。明日も早いですからね」
適当に帰る、という美成に心ここに有らずといった返事をして、背中に疲れを漂わせた信倖がよろりと部屋を出ていく。
信倖の足音が遠ざかるのを見計らい、美成は兼継の肩に手を置いた。
「随分と思い切りましたね。男相手に、まるで嫁取りの打診じゃないですか」
「仕方がなかろう。信倖の乳兄弟が先にそう言いだした。私にもそのつもりがあると信倖が知っていれば、滅多な事にはなるまい」
信倖の乳兄弟であれば、将来的には真木の重臣となるだろう。『真木の姫』の降嫁は十分にありえる。……姫であれば、だが。
酔いの演技をやめて顔を上げた兼継を、美成がくつくつと笑う。
「面白い事になっていますね。女子になって、まださほど経っていないというのに、もう男を手玉にとっているのですか」
「笑いごとではない」
肩に置かれた手を払い、兼継は軽く美成を睨んだ。
「お前、私の邪魔をしようとしたな? 私としてもこのような話は、酔った振りでもしていなければ口に出来ない。必死だったんだぞ?」
「必死が聞いて呆れる。信倖の方が死にそうな顔をしていたでしょ。傍から見ている分には面白いが、酔いの演技が過ぎると 酒の席での戯言と取られますよ」
「当たり前だ。信倖の了承が得られるとは思っていないさ、雪村は『弟』なのだからな。このような話、酒の席でもなければ出来るものか」
「ですよねぇ」
そう言ってくすくす笑う美成の耳に、予想に反した台詞が聞こえてきた。
「……素面の時に言って断られたら、こちらの精神が保たんだろう。政略結婚の方がずっと気楽だぞ」
吐き捨てるように呟いた兼継を、美成は唖然と見返した。
むすりと黙り込んだ横顔は、言葉とは裏腹に、信倖の言質が取れなかった事に苛立っているように見える。
……茶番じゃなかったのか?