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120.打診と打算と姫の災難1


 私は今、兄上と大阪に来ている。

 例の観楓会(かんぷうかい)ですよ。面倒な行事には参加せず、好きに過ごせる出張って最高だ。



+++


 大阪の上森邸には兼継殿が居た。諸々(もろもろ)差配(さはい)を終えたらしい兼継殿は、影勝様と交代するように越後に戻るらしい。


「影勝様に挨拶は済ませた。明日発つ予定だ」


 久し振りに会う兼継殿はすごく疲れて見えて、私と兄上は顔を見合わせた。


「兼継、今日の夜って空いてる? 久し振りに呑もうよ。美成も誘ってさ」


 兼継殿が明日帰るなら、美成殿も予定を合わせるだろう。兄上が殊更(ことさら)に明るい声で気分転換(きぶんてんかん)に誘った。


「そうだな……信倖には話しておかねばならない事もあるしな」


 独り言みたいな(つぶや)きに、私はぎょっとして兼継殿を見返した。

 割り切ったつもりだったのに、小介の言葉が不意に思い出されて鼓動(こどう)が早くなる。


 兄上に何を言うつもりなんだろう。……兼継殿は全然、視線を合わせてくれない。



 ***************                ***************

 

 今回は長く滞在(たいざい)する予定じゃない。上森邸を()した後、私は城下へさっそく本を探しに出掛けた。

 美成殿に教えて(もら)った、品揃(しなぞろ)えに定評があるという書肆(しょし)へ向かう。


 さすが天下の大阪。いろいろな本が置かれていて、私はその中の数冊を手に取って中を(あらた)めた。


 なるべく解りやすいものがいいな。紫苑(しおん)桔梗(ききょう)みたいな花ならともかく、生薬(しょうやく)になる植物は見た目がよく判らない。配分量も大事だけどそこからだよ。


 本の(ぺーじ)をぱらぱらと(めく)ると、小難(こむずか)しい漢字がこれでもかと並んだものや、陰陽(いんよう)を解説したものなど、いろいろなタイプの本がある。

 何冊目かで、生薬の分量表記と一緒に 桔梗や朝顔のイラストが描かれた、解りやすそうな一冊を見つけた。最初はこんな感じでいいかも知れない。


「これにします」

「こちらは『生薬の(たね)付限定版』も出ておりますが、如何(いかが)いたしましょう?」


 本を差し出すと、店主が棚から小さな紙袋付の本を出してきた。

 この時代にも限定版なんてあるんだな、それならそっちを購入(こうにゅう)しよう。

 

「限定版」って響きに弱いのは、ひととして仕方がないと思うのです。



 ***************                ***************


 影勝様が着いているって事は桜姫も来ている。

 私は「武隈邸を改装(かいそう)しましたので、是非(ぜひ)遊びに来て下さい」と『滅亡した武隈の姫』に対して無神経な事を言いつつ、桜姫を連れ出した。


 そこはいいんだ。ショックなんて受けてない。どうせ中身は桜井くんだし。


 でも到着早々、それも夕方になってから連れ出されるとは思わなかったんだろう。「何だよー。そんなに俺に会いたかったぁ?」とおちゃらけながらも不思議そうだ。


「あのね、聞きたい事があるの」

「なに?」


 私は桜井くんの前に座り、居住(いず)まいを正した。

 桜井くんもお茶をひとくち飲みながら、ちょっと真面目な顔になる。


「小介が「兼継殿は『雪村が別人と入れ替わっている』事に気づいている」って言うんだけど……。越後に居た間、兼継殿にそんな素振(そぶ)りなかった?」

「何で小介が!?」


 桜井くんが、飲み込み(そこ)ねたお茶にせながら 私を見返した。


「少し前に兼継殿が沼田に来た時に、まぁちょっといろいろあって小袖をくれたんだよね。それがその、女物で……。私もそれ、特に気にせず受け取っちゃったの。本当は「私は男だから女物は着ません」って答えなきゃダメだった。小介がそれに気づいて。兼継殿も気付いてる筈だって」


 そもそもの失敗はそこだ。そして指摘されるまで気づきもしなかった。

 相談して楽になりたくて桜井くんを呼んだのに、だんだん息苦しくなってくる。


「兼継殿、今日ここに来ているんだけど、兄上に「話がある」って言っていて……何をいうつもりなんだろうって」

「それで『別人だって気づいている』か。なるほどな」


 項垂(うなだ)れている私に 桜井くんがそっと寄ってきて、背中をぽんぽん叩いてくれる。そして少し楽になった頃、切り替えるみたいな明るい声で聞いてきた。


「何だかごちゃごちゃしてきたな。ちょっと整理しようか。まずさ、何で雪は兼継と信倖に知られたくないんだっけ? 俺、理由聞いてた?」


 話が()れてちょっと面食らったけど、それは言ってない気がする。

 桜井くんから視線を逸らしたのは、後ろ暗い理由だからだ。


「……この身体になった夜に、兼継殿が「元に戻す方法を探す」って言ってくれたの。『雪村』が困っているからそう言ってくれたのに、私は雪村じゃない。それを知ったらどう思うだろうって、それが怖い。そもそも『女の私』が雪村の中に入ったからこんな事になったのかも知れない。雪村にも兄上にも、何て言って謝ればいいのか解らない」


 言葉にしてみると、随分(ずいぶん)と自分勝手で浅ましい理由だ。兼継殿の責任感の強さを利用しておいて、大事な事は隠している。


 それは単に『私が』兼継殿に嫌われたくないから。


 別人だってバレるのが怖いのは、兼継殿に頼れなくなるのが怖いからだ。


 (しばら)く考え込んでいた桜井くんが、どうしようかな と(つぶや)いた後で私の顔を(のぞ)き込む。


「俺が越後に居た間は、そんな感じはしなかったよ。ただ六郎に関しては心配してた。お前、越後に居た時は「女の身体の自覚を持て」って兼継にさんっざん叱られてたろ? 女物の小袖を普通に受け取ったんなら、兼継的には『合格』だろ。小介はそれ知らないから そういう風に感じたんだよ」

「そう……なのかな?」


 そう考えれば、女物の(つむぎ)の件も辻褄(つじつま)があう。『自覚を持て』って意味なら。

 ……『策略(さくりゃく)を疑え』って言われた事に関しては まだ解らないけど。


「あとさ」


 あやふやな表情のまま見返す私に、桜井くんが言葉を続ける。


「俺にも正直、兼継が何を考えてるかなんて解んない。ただこれだけは教えとくよ。雪村が女になったのは雪のせいじゃない。ゲームのイベントだ」



 ***************                ***************


 私は今までより、もっとあやふやな顔をしたんだろう。

 桜井くんが私を見て苦笑する。


「雪は携帯ゲーム版しかやってないから分かんないか。『花押を君に(カオス戦国)』のNEOが出た時『初版のデータがあったら特殊イベントが発生する』って(うわさ)があってさ」

「それは知ってる。私、フリマアプリで初版を買って、インストールしてる最中に死んだんだもん」

「……親御さんも『娘の遺品が18禁ソフト』ってのは、なかなか残酷な話だな」

「やめて! パソコンごと大破してろって、ここから全力でお祈り中なんだから! 思い出したら死にたくなるー!」

「死んでるじゃん」


 桜井くんと話していると脱線していけない。

 桜井くんもそう思ったのか、こほんと咳払(せきばら)いをして話を戻した。


「まあとにかく。その初版データがあったら発生する『特殊イベント』で、雪村が女になってたんだよ」

「そうなの!?」


 私は仰天(ぎょうてん)して桜井くんを凝視(ぎょうし)した。公式HPに掲載(けいさい)されていた美少女スチル、『あれ』が雪村なの?

 でも、あれならどっちかっていうと、美成殿が女の子になった感じだった。


「うん。だからそれに関しては雪が気に病む必要ないよ。この世界はNEOに準じているみたいだし、ゲームのイベントのひとつだと思ってさ」


 そう言って桜井くんは元気に笑った。


 そうか、こんな事になったのは 私が雪村に入ったせいじゃないんだ。

 そう知れただけで力が抜ける。

 やっぱり相談してよかった。私は桜井くんを見返して笑った。


「ありがとう。胸のつかえが取れたよ」





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