12.雪村恋愛イベントと次の約束 ~side S~
ゲームでは、自己紹介くらいで好感度の上がり下がりはない。雪村以外では。
とは思うんだが、何ていうかこう…… 俺の営業努力が実っていないというか? 男どもの受けが悪い気がする。
おかしいな。桜姫は超絶美少女だ、ルックスは問題ない。
守ってやりたくなるような繊細な女も、男受けしそうなあざと可愛い女もダメって、ここの奴らはいったいどうなっているんだ。
俺は竹とんぼを作っている雪村の後ろ姿を眺めながら、真剣に検討していた。
まず、好感度を稼がないとイベントは起こせない。
今のところ、多少なりとも好感度を稼げているのは雪村だろうが、こいつも一向にイベントを起こしてくる気配がない。
雪村の恋愛イベント其の一は【信濃のきれいな場所】。
せっかく上田に居るのに、なぜこいつは「甲斐に戻る前に、ぜひ信濃の美しい場所をお見せしたい」と誘ってこないんだ。
この恋愛イベントは場所限定なんだぞ? 明日には帰るというのに、何を焦らしているんだよ。
つい俺の方から「雪村の故郷を見てみたいわ」と誘ってしまったじゃないか。
そんな感じの力業で 恋愛イベントのフラグをたててみたが、途中で子供たちに捕まってしまい、現在、雪村お兄さんは子供たちに頼まれた竹とんぼを工作中だ。
俺の誘いを二の次にしているあたり、雪村相手でも、恋愛イベントへの道はまだまだ遠そうだ。
俺にとってはデートでも、雪村は『うしろでチワワが散歩待ちしている』程度にしか思っていないのかも知れない。
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雪村に連れて行かれた場所は、花が満開に咲いている野原だった。
こんなに綺麗に咲いているならちゃんと誘えよ! 俺、お花畑がお似合いの超絶美少女よ?
くそ、俺のプライドにかけて このままでは済まさない。
可愛くはしゃいでくるくる回り、そばに咲いてたたんぽぽを引きちぎって、綿毛をふうふうしながら、雪村にアプローチしてみる。
「わたしカワイイでしょ」アピールの決定版だ。
さあ、俺の全力を見るがいい。
これで駄目なら、俺の女子力は討ち死にだ。
俺の情念が通じたのか、雪村がふわりと微笑み、傍らに膝をつく。
こ、これは…… 今まで見た事が無かった展開だ!
さあ来い、恋愛イベント!!
しかしその後、
雪村は、たんぽぽについてのうんちくを語り始めた。
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「蒲公英には『神託』や『真心の愛』『別離』といった意味の花言葉があるそうです。後は……そうですね、これなど」
雪村のうんちくが続いている。
愕然としている俺には気付かないのか、雪村はたんぽぽに続いて、そばに咲いていた青紫の花を手折って差し出してきた。
あ、これ、俺が初めてこの世界に来て輿酔いしてた時に、雪村が渡してきた花束の花じゃないか?
別に珍しい花じゃない。そこらに普通に咲いている野花だ。
ぼんやりと見つめている俺に、更にうんちくは続く。
「これは紫苑です。紫苑は根を乾燥させると鎮咳去痰に効く薬になります。使うときは桔梗や杏仁などを一緒に配合するそうですが」
なるほど。酔い止めじゃなかったのか。というか今の俺が欲しいのは、この朴念仁をその気にさせる媚薬か何かだよ、こんちくしょうめ。
「……すごい、詳しいのね」
討ち死に寸前のおべんちゃらは、奴に届いただろうか。
しかし最後のおべんちゃらで、好感度が上がったらしい。
にこにこ微笑みながら野花の説明をしていた雪村が、ここでまさかの台詞を繰り出してきた。
「今度、越後に行ってみませんか? こちらの世界には『夏桜』という、夏に咲く桜があるのです。越後の山中は寒いので、秋になっても咲いているそうです」
そう言って、青紫の花を俺に握らせてくる。
……デートか? 俺をデートに誘っているのか!?
チワワ好きの朴念仁がやっとデートに誘ってきた!
九死に一生。俺のHPはもうカッスカスだ。
一瞬、雪村の台詞に何となく違和感を持ったけれど。
その時の俺は、どこにそれを感じたのかまでは気付けなかった。
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追伸:ずいぶん後になってから「乙女ゲームは相手の好みの子を演じなきゃ。兄上は『勝気だけど、いざって時は兄上を立ててくれる女性』が好みだし、兼継殿は『序盤からお花畑』はダメだよ」とアドバイスされた。
難しいな、乙女ゲーム……