118.正宗邂逅1
「大阪行き用の姫の衣装合わせをするから、越後に戻ってこい」
……といった内容を丁寧に書いた文が老女から届き、私と桜姫は現在、越後に戻っている。
桜姫の部屋には、商人が持ち込んだ綺麗な反物がいくつも並べられていて、侍女衆がキャッキャいいながら姫にあてているけど、桜井くんは随分と前から「飽きました」って顔つきだ。
女の人ってこういうの好きだよな、と他人事みたいに思いながら部屋の隅に座っていると、急に話を振られた。
「雪村はどのようなものが姫に似合うと思いますか?」
え? 私ですか? ちょっと面食らいつつ改めて反物に注視する。いろとりどりの反物には、花や流水模様の染めが施されていて とても綺麗だ。
「桜姫は可愛いらしいですから、薄紅色がお似合いです」
「まあ。これだから元・殿方は」
困ったもんだ、と言わんばかりに侍女衆が笑いさざめく。
私的には、ゲームの立ち絵の桜姫が 薄いピンクの着物だったから、その印象が強いんだけど、さすがに秋の観楓会にピンクは無かったか。
先日の兼継殿との押し問答じゃないけど。
秋の配色って何だ?
私は遥か昔に、高校の美術部室に置かれた書籍で見た『襲』を思い出した。
『襲』は昔の着物の配色みたいなもので、例えば薄手の白の布地に赤の裏地を重ねると桜色に見えるから、その微妙な色彩の組み合わせ、とか、平安時代は十二単を着ていたから、その襟元や袖口から見える色の配色の事、だった筈だけど……今となっては はっきりと覚えていない。
覚えていないなりに、私は必死で記憶を掘り起こした。
確か代表的なのは『春は梅の紅』『夏は早苗の緑』『秋は萩の紫』『冬は氷の白』だった気がする。
徳山領に行った時は『襲』の事なんて思い出しもしなかったけど、それを考えると『紅は春、白は冬』と言った兼継殿の方に軍配が上がるな。
でも『秋は萩』とはいえ、桜姫に紫は渋すぎる。他に何か……
「紅に黄の襲はどうでしょうか?」
紅葉の紅に銀杏の黄は、秋の組み合わせとしてありな気がする。
「朽葉ですか。そうですね、お可愛らしい桜姫様に紅はお似合いです」
「では莟菊の方が明るくてよろしいのでは」
何かよく解らんがビンゴだったようだ。
ほっとして私と桜姫は顔を見合わせた。
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着物の仕立てには日数がかかる。仕立てたらまた試着しなきゃならないから、桜姫は観楓会までこのまま越後に残る事になった。
そうと決まれば残っている意味もないので、私だけ沼田に戻る事にした。
「兼継殿には会えず仕舞いでしたね。もともと観楓会には殿だけ上洛される予定でしたから、あちらに行っても入れ違いになるかもしれません」
残念そうに侍女は言ったけれど、小介の言葉が引っかかっていた私は、兼継殿が戻らなかった事に内心ほっとしていた。
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「それではお暇いたします。姫をよろしくお願い致します」
ぺこりと挨拶して帰りかけた私の袖を掴み、桜姫が「しまった!」って顔をした。これは何かやらかした時の顔だ。
「ごめんなさい雪村、わたくし忘れていたわ! 根津子に椿の種が欲しいと言われていたの!」
「椿の種、ですか?」
「ええ、油を取りたいのですって。越後の北之領域に行けばあるわよって、次に越後に行ったら持って帰るわって言ってしまったわ」
「そうですか。夏頃に白椿が花を咲かせていましたから、それらはもう種になっているでしょう。帰り際に私が寄って取って帰りますよ」
「ありがとう。でもわたくしが根津子と約束したのですもの。種を拾うのはわたくしも手伝うわ。一緒に連れて行って?」
衣装合わせが終わったら、今度は髪飾りや他の小物選びだ。着せ替え人形になるの、もうめんどくさくなってるんだろうなぁ。
にっこり笑ってるけれど、げっそりした雰囲気は隠しきれてないもん。
私は笑って、桜姫の手をとった。
「助かります。では参りましょう」
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北之領域で椿の種を採りながら、桜井くんが腰を叩いた。日頃の運動不足がたたっているみたいだけど、着せ替え人形とどっちの方が楽なんだろう。
種をつまんで眺めながら、桜井くんが聞いてくる。
「椿の油って何に使うんだろうな、根津子」
「髪につけるんじゃないかな。つやつやになるらしいよ」
現世の椿油はそういう用途だけど、私は髪に油をつけた事がないから解らないな。
だってこっちの世界、石鹸やシャンプーなんて無いから、下手な事は出来ない。
「帰ったら根津子に聞いてみよう。油も花の香りがするのかなー?」
そんな事をだらだら話しながら種拾いをしていると、どこか遠くから騒めきみたいなものが聞こえてきた。
騒めきというか……声や音じゃない、背中が怖気たつみたいな気持ち悪さ。
この『怖気』は覚えがある。
私と桜井くんは顔を見合わせて、一緒に北方向へと駆け出した。