表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

118/383

118.正宗邂逅1

「大阪行き用の姫の衣装(いしょう)合わせをするから、越後に戻ってこい」


 ……といった内容を丁寧(ていねい)に書いた文が老女から届き、私と桜姫は現在、越後に戻っている。


 桜姫の部屋には、商人が持ち込んだ綺麗(きれい)反物(たんもの)がいくつも並べられていて、侍女衆がキャッキャいいながら姫にあてているけど、桜井くんは随分(ずいぶん)と前から「飽きました」って顔つきだ。


 女の人ってこういうの好きだよな、と他人事(ひとごと)みたいに思いながら部屋の(すみ)に座っていると、急に話を振られた。


「雪村はどのようなものが姫に似合うと思いますか?」


 え? 私ですか? ちょっと面食(めんく)らいつつ改めて反物に注視(ちゅうし)する。いろとりどりの反物には、花や流水模様(もよう)の染めが(ほどこ)されていて とても綺麗だ。


「桜姫は可愛いらしいですから、薄紅色がお似合いです」

「まあ。これだから元・殿方は」


 困ったもんだ、と言わんばかりに侍女衆が笑いさざめく。

 私的には、ゲームの立ち絵の桜姫が 薄いピンクの着物だったから、その印象が強いんだけど、さすがに秋の観楓会(かんぷうかい)にピンクは無かったか。

 先日の兼継殿との()問答(もんどう)じゃないけど。


 秋の配色って何だ?

 私は(はる)か昔に、高校の美術部室に置かれた書籍(しょせき)で見た『(かさね)』を思い出した。


『襲』は昔の着物の配色みたいなもので、例えば薄手(うすで)の白の布地に赤の裏地を重ねると桜色に見えるから、その微妙(びみょう)色彩(しきさい)の組み合わせ、とか、平安時代は十二単(じゅうにひとえ)を着ていたから、その襟元(えりもと)袖口(そでぐち)から見える色の配色の事、だった筈だけど……今となっては はっきりと覚えていない。

 覚えていないなりに、私は必死で記憶を掘り起こした。


 確か代表的なのは『春は(うめ)の紅』『夏は早苗(さなえ)の緑』『秋は(はぎ)の紫』『冬は(こおり)の白』だった気がする。

 徳山領に行った時は『襲』の事なんて思い出しもしなかったけど、それを考えると『紅は春、白は冬』と言った兼継殿の方に軍配が上がるな。

 でも『秋は萩』とはいえ、桜姫に紫は(しぶ)すぎる。他に何か……


「紅に黄の襲はどうでしょうか?」


 紅葉(こうよう)の紅に銀杏(いちょう)の黄は、秋の組み合わせとしてありな気がする。


朽葉(くちば)ですか。そうですね、お可愛らしい桜姫様に紅はお似合いです」

「では莟菊(ふくみぎく)の方が明るくてよろしいのでは」


 何かよく解らんがビンゴだったようだ。

 ほっとして私と桜姫は顔を見合わせた。



 ***************                ***************


 着物の仕立てには日数がかかる。仕立てたらまた試着しなきゃならないから、桜姫は観楓会までこのまま越後に残る事になった。

 そうと決まれば残っている意味もないので、私だけ沼田に戻る事にした。


「兼継殿には会えず仕舞いでしたね。もともと観楓会には殿だけ上洛される予定でしたから、あちらに行っても入れ違いになるかもしれません」


 残念そうに侍女は言ったけれど、小介の言葉が引っかかっていた私は、兼継殿が戻らなかった事に内心ほっとしていた。



 +++


「それではお(いとま)いたします。姫をよろしくお願い致します」


 ぺこりと挨拶して帰りかけた私の(そで)を掴み、桜姫が「しまった!」って顔をした。これは何かやらかした時の顔だ。


「ごめんなさい雪村、わたくし忘れていたわ! 根津子に椿(つばき)の種が欲しいと言われていたの!」

「椿の種、ですか?」

「ええ、油を取りたいのですって。越後の北之領域(きたのりょういき)に行けばあるわよって、次に越後に行ったら持って帰るわって言ってしまったわ」

「そうですか。夏頃に白椿が花を咲かせていましたから、それらはもう種になっているでしょう。帰り(ぎわ)に私が寄って取って帰りますよ」

「ありがとう。でもわたくしが根津子と約束したのですもの。種を拾うのはわたくしも手伝うわ。一緒に連れて行って?」


 衣装合わせが終わったら、今度は髪飾りや他の小物選びだ。着せ替え人形になるの、もうめんどくさくなってるんだろうなぁ。

 にっこり笑ってるけれど、げっそりした雰囲気は隠しきれてないもん。

 私は笑って、桜姫の手をとった。


「助かります。では参りましょう」


 

 ***************                ***************


 北之領域で椿の種を()りながら、桜井くんが腰を叩いた。日頃の運動不足がたたっているみたいだけど、着せ替え人形とどっちの方が楽なんだろう。

 種をつまんで(なが)めながら、桜井くんが聞いてくる。


「椿の油って何に使うんだろうな、根津子」

「髪につけるんじゃないかな。つやつやになるらしいよ」


 現世の椿油はそういう用途だけど、私は髪に油をつけた事がないから解らないな。

 だってこっちの世界、石鹸(せっけん)やシャンプーなんて無いから、下手な事は出来ない。


「帰ったら根津子に聞いてみよう。油も花の香りがするのかなー?」


 そんな事をだらだら話しながら種拾いをしていると、どこか遠くから(ざわ)めきみたいなものが聞こえてきた。


 騒めきというか……声や音じゃない、背中が怖気(おぞけ)たつみたいな気持ち悪さ。


 この『怖気』は覚えがある。

 私と桜井くんは顔を見合わせて、一緒に北方向へと駆け出した。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ