113.そうだ。お迎えに行こう
鯉の尊い犠牲の末に生まれた温泉の整備で、あっという間に時間は過ぎ、そろそろ桜姫を迎えに行く時期になった。
それを考えると憂鬱になる。桜井くんに会えるのは嬉しいけれど、越後に行くとなると……
鯉の件を影勝様に、どう伝えて謝るべきですか……?
兼継殿の意見を聞きたいけれど、まだ上方から戻っていないらしい。
どうすべきか決めかねたまま、私は越後へと向かった。
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越後に着いた私は、まずは影勝様に挨拶に向かった。嫌な事はさっさと終わらせた方がいい。でもどのように話を持って行って謝るか、それが問題だ……
もやもやしながら廊下を歩いていると、ちょうどそこに泉水殿が通りかかった。
泉水殿は、雪村に槍を教えてくれた人で、今は影勝様の側近をしている。
「あまり良くないお話を、影勝様にお伝えしなければならないのですが……泉水殿、影勝様に上手く取り成して貰えませんか?」
「ふげえ!? 無理無理無理ッ! そういう時こそ兼継に頼めよ。お前、ナニを言うつもりか知らんが、殿は怒っても怒ってなくても怖いんだぞ! 怒らせたらますますだ!」
「え? 無口な方だとは思いますが、怖いと思った事はありませんでした」
「そりゃお前には甘いさ。子供だからな」
身を竦ませた泉水殿が、「兼継、今は居ないけどさ」と言い足す。
「上方に行っていると聞きましたが、どの様なご用件ですか? 随分とお戻りが遅い気がします」
桜井くんの文から察するに、もうひと月くらいは戻ってないんじゃないかな。
あの社畜がこんなに長く、影勝様の側を離れるなんて。一体何があったんだろう。
けれど泉水殿は、きょとんとした後で苦笑した。
「そうか? 上方は遠いからな。私事での上洛でもこれくらいはかかるさ」
私事……プライベート案件なのか。上方なら美成殿のとこにでも行ったのかな。
私が長距離移動をする時は、ほむらで『歪』を使ってのショートカット移動だからか『この時代は移動に時間がかかる』って感覚が抜けているな。
結局私は、泉水殿のアドバイスに従って、兼継殿の戻りを待つことにした。
せめて「いい知らせと悪い知らせ、どちらから聞きたい?」って状況を作ってからの方がいいだろう。
そのためには「いい知らせ」も用意しなきゃ。
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「上方の観楓会には、桜姫も同行させるように」と、影勝様から念押しされて、私と桜姫はほむらに跨った。
「姫様! 越後の冬は長うございます。必ず……必ずッ! 雪が積もる前にお戻り下さいませ!」
悲壮感漂う侍女衆が、総出で姫との別れを惜しんでいる。
仲が良さそうでいいなぁ。私も桜姫に転生したかったよ。雪村は乙女ゲームというより、領地運営シミュレーション+戦国アクション(怨霊もいるよ!)だもん。
そして時間がたつにつれ、だんだん難易度が高くなっている気がする。
「雪が降る前に、必ず送り届けますから」
名残を惜しむ侍女衆に約束して、私達は越後を後にした。