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112.虎と鯉と温泉と

「六郎をここに置いて下さい。この前は酔っ払っていただけだそうです」


「主君に狼藉(ろうぜき)を働く酒乱の家臣など、若気(わかげ)(いた)りよりももっと(たち)が悪いですぞ」

「呑ませてないよ。何をころっと(だま)されてんの」


 小介に頼まれた件を承諾したら、私は矢木沢と兄上からこてんぱんに説教をくらう羽目になった。

 おまけに予定を繰り上げて、六郎は兄上の所に回収されていった。


 思っていたより、矢木沢と兄上は怒っているみたいだな……



***************                ***************


 小介とのミッションに失敗した私は、何となく小介とも顔を合わせづらくなって、一人で南の池に来ていた。

 最初は(にご)っていた水も、今は綺麗に澄んでいる。池を囲むように置かれた石は真新しくて、水底にはまだ苔も水草も生えていない。

 私は滑らないように気を付けながら、平べったい大石に足を乗せた。


 そっと池を(のぞ)き込むと、気配を察したハトこが浮上して、口をぱくぱくしながら餌を強請(ねだ)ってくる。

 鯉は何でも食べるから、池にタニシや小魚が住み着けばそれが(えさ)になる。でも今はまだハトこしか居ないから、餌になるようなものは何もいない。

 私は持ってきた()を千切って 池に投げ込んだ。


 びちびち跳ねている鯉は、全然悩みなんてなさそうに見える。

 私はぼんやりと、池の中をくるくる泳ぐハートマークを眺めて溜め息をついた。


 六郎の件は、雪村が居てくれたらこんな事にはならなかったんだろうな。

 兼継殿を悪く言われて、ついムキになっちゃったけれど。あんな風に言われたら、雪村ならどう返すんだろう。

 いや、雪村なら そもそもナメられないのか。


 うう、乙女ゲームの世界なのに、ぜんっぜん甘くない。

 


 ふわりと空気が揺らぎ、(かたわ)らにほむらが現れた。

 あれ? 私、無意識に呼んじゃった?

 手を伸ばして喉を(くすぐ)ると、身を()り寄せてきたほむらが、私のほっぺたをぺろりと舐める。


 あんまりぐるぐる悩んでいたから、心配してくれたみたいだ。


「ありがと、ほむら。心配かけちゃったね」


 首に抱き着いて、ぐりぐりと毛皮に顔を埋める。

 白い虎毛は柔らかくないけれど、身を(まと)う炎が、ほわほわと頬を()でてくすぐったい。これは武隈と真木にだけ許された特権だ。

 


 やがてほむらが身を離し、池の周囲を歩き出した。池の中を覗いたり、周囲の土の匂いを()いだりしている。

 火属性の炎虎は相克(そうこく)になる水を嫌うのに。どうしたんだろう。


「どうしたの ほむら?」


 声をかけたら、ちょっとだけ顔を上げたほむらは池のそばにぺたりと伏せて、そのまま動かなくなった。



 ***************                ***************


「雪村様! 雪村様ァ!!」


 まだ陽も明けきらない翌朝。破鐘(われがね)みたいな声に叩き起こされて、私は眠気を(こら)えて障子を開けた。

 庭先に森月の配下が控えていて、興奮気味にがなり立てる。


「雪村様、湯が出ました!」

「こんな朝っぱらから作業してたの!?」


 びっくりして聞いたら、たまたま山菜取りに出た侍女が、熱湯が()き出ている事に気付いたらしい。


 慌てて林に向かうと、もうもうと湯気がたちのぼる源泉の前には、森月とその配下、そしてほむらが居た。

 私に気付いた森月が「この辺りに熱溜(ねつだ)まりは無かったはずなんですが……」と戸惑(とまど)った様子で源泉を指し示す。


 熱溜まりが無かったとしても、どうみてもこれはお湯だ。温泉だ。


 (かたわ)らのほむらに目をやると、ちょっと得意げに見える金色の瞳が細められ、猫みたいに私に頭を()り寄せてきた。


 ほむら……昨日はなかなか戻ろうとしないから、「飽きたら帰っておいで」と置いてきたけれど。一晩中ここに居たんだろうか。

 ほむらが熱溜まりを見つけられるのは知っていたけど。もしかして……


「ほむら、熱溜まりを引き寄せる事も出来たり、する……?」


 がおんと鳴いてほっぺたを舐めてくる霊獣を、私はぎゅっと抱きしめた。


「すごいよほむら! そんな事も出来るんだ? すごいすごい! ありがとう!」


 望みを叶えてくれた事よりも、心配して気遣(きづか)ってくれたって事が嬉しいし、何より雪村じゃなくても……私でも(あるじ)と認めてくれた事が、すごく嬉しい。


 ほむらをわちゃわちゃ()でていると、森月がすっと私の背後で膝をついた。


「雪村様、大変申し上げにくいのですが……」

「?」


 ほむらの頭を撫でてから身を離し、森月に向き直る。

 森月は一度、源泉(げんせん)に目を向けてから口を開いた。


「この源泉は温度も申し分なし。近場に水源もありますし、すぐにでも温泉は作れるでしょう。ただ……」

「ただ?」

「この源泉、先日掘った池が(ゆだ)っております。雪村様が移された鯉はおそらく……」


 その先は聞くまでもない。ハトこは……ハトこは……!




 内心絶叫モンだけど、ほむらが悪い訳じゃない。教えてなかったんだから。

 だからと言って誰が悪い訳でもない。


「……石工に頼んで、鯉の立派な碑を作りましょう」

「そうだね……」


 私達は、ハトこの冥福と、龍への昇格を祈って黙祷(もくとう)した。



+++


 後日。領民の慰安(いあん)と湯治、それに療養(りょうよう)のために開放されるそこは「(こい)の湯」と呼ばれることになる。



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