表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

108/383

108.対峙と来訪2 ~side K~

 先日の戦の後、『坂戸城の普請(ふしん)』が評定(ひょうじょう)の場で出された事は事実だが、特に急ぎの案件ではない。

 もっと言ってしまえば、これは沼田に立ち寄る為の方便(ほうべん)だった。


 理由はふたつ。

 女の身体になった夜、雪村には「何かあれば私を頼れ」と言った筈だ。

 それなのに『雪村の正体』を、桜井には話せて自分には隠そうとする、その真意を問い(ただ)したい。

 そしてもうひとつは『宇野六郎(うのろくろう)』という家臣に、(くさび)を打ち込んでおくことだ。


 雪村と親しい間柄かどうかはさて置き、桜井が警戒しているのだから 手を打った方が良い。それこそ『何かあってからでは遅い』案件だ。


 先刻、城へと向かう道すがらに見かけた『馬上の男』。あれが宇野だろうか。

 ある程度、見せつける事で諦めると良いのだが。


 大柄で、真面目に鍛錬(たんれん)に励んでいると思わせる体躯(たいく)をしていた。忠誠心の高さ故に主を気遣(きづか)っているのだとしたら、兼継の嫌いな型ではない。

 友人としてなら、(むし)ろ気は合うのだろう。


 だが今回に限っては、話は別だ。



+++


「申し訳ありません。私に客など来ないので、接待に慣れていなくて」


 手にした杯に 酒が満たされる。

 ふと意識を戻して顔を上げると、雪村が緊張した面持ちで、たどたどしく酒を()ぎながら苦笑していた。


「今は侍女から柔術を習っている」

「先日、越後へ行く前に浅間山に寄り、ほむらの(ほこら)を掃除してきた」

 そんな話を楽しげにしている雪村だが、手にした酒が全く減っていない。


「飲まないのか?」

「どうにも弱くて。すぐに眠ってしまうのです」


 不思議に思って聞くと、雪村が照れくさそうに笑う。


 酒に弱いだと?

 兼継は信じられない思いで、雪村を見返した。


 ――酒に弱い女性など、この世に居るのか!?


 そう思う時点で認識がすでにおかしいのだが、生まれてこの方、そのような環境下で生きてきたのだから仕方がない。


 剣神は大酒呑みだった。ざるだかうわばみだか知らないが、とにかく呑む。

 挙句(あげく)に酔っ払って(かわや)で倒れ、そのまま昇天するという荒業までぶちかました。

 ご機嫌で歌いながら用を足している最中(さいちゅう)に、(すべ)って転んで 頭を打ちつけるなど、女性として……いや男性であっても、これ以上を探すのが難しいほどの醜態ではないだろうか。


 それだけならともかく。

 結果的にそれが、御館(おたて)の乱にまで発展したのだから、迷惑(きわ)まりない。


 そして主君の妹御・ 花姫は、陰虎(かげとら)との婚姻時、三度に分けて飲むべき三献(さんこん)()の御神酒を一息に飲み干し、その都度(つど)、継ぎ足されるという酒豪っぷりを披露(ひろう)した。


 後で好きなだけ飲めば良かろう、そんな時までがっつくな。と突っ込みたくとも、相手は主家の姫。その様な事は言えない。


 そんな女性ばかりを見てきた兼継からしてみれば、「酒に弱い女性」など(にわ)かには信じがたい話だし、何より幼少の頃から雪村は酒に強かった。

 正月に御神酒(おみき)をどれだけ飲ませても、全く酔っ払わなかったほどだ。


「酒呑みの素質があるよ、雪村は!」

「まだ子供です。止めてください!!」


 雪村の茶碗に、酒を注ぎ足そうとはしゃぐ剣神から、徳利(とっくり)を取り上げた回数は 数知れない。


「雪村は酒に強かった」


『男の』雪村が酒に強いのなら、陰陽の(つい)になる『女の』雪は、逆に弱くなるのかも知れないな。……そのように続けかけた兼継が、口を(つぐ)む。


『雪村とは違う』


 それを匂わせただけで、雪が(おび)えている。

 真っ青な顔を()の当たりにするとそれ以上は言えなくなり、兼継は雪村の頭を乱暴に撫でて誤魔(ごまか)化した。


「大人になれば飲めるようになる。(しばら)くはお預けだな」

 

 ……どうしてそこまで隠したがるのだろう。雪村が居なくなったのは、この娘の(とが)ではないのに。

 泣きそうな顔で笑われると、こちらの方が 胸が痛む。


「何故 私には言わない?」


 雪村に目線を合わせたまま、ゆっくりと髪を撫でる。

「何かあれば私を頼れ」女子の身体になったあの夜、そう伝えた筈だ。


 桜井には言えて、私に言えない理由は何だ。

 聞きたくても、それ以上に もう怯えさせたくない。


 もの問いたげに見上げてくる雪村に兼継は「……まだ酒が飲めない事をだ」と取り(つくろ)うのが精一杯だった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ