表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

105/383

105.兼継 来訪2

「いつの間にか秋ですね。遠出にはいい季節です」


 少し前まで暑かったのに、そよぐ風はすっかり秋の気配だ。山に入ると、色付いた樹々が涼しげに、枝を()らしている。


「おい。お前はいつも、こんな事をしているのか?」


 若干(じゃっかん)声のトーンが低い兼継殿を振り返り、私は照れ笑いをした。


「実は初めてです。徳山領に侵入となると、さすがに止められてしまいます」



 ***************                ***************


 上毛かるたや桜井くんの知識によると、生糸作りが盛んなのは富岡や前橋だけど、あの辺りは今、徳山領だ。

 生糸の事を調べに行きたいけれど、いつも小介に阻止(そし)されてしまう。

 

「お前の仕事振りが見たい」


 その様に兼継殿が(おっしゃ)るなら、付き合って(もら)おうではありませんか。


「確かに、お前の行きたいところで良いとは言ったが……」


 まさかそう来るとは。溜め息をついて、兼継殿が額を押えた。



***************                *************** 


 榛名山(はるなさん)付近の村に入り、あたりを見回したけれど、田の収穫に出ているのか人の姿は見当たらない。

 上質な羽織姿がやたらと浮いている兼継殿が、腕を組んで周囲を見回した。


「生糸を作るところを見たいのは(かま)わないが、(かいこ)は室内で飼われているぞ。どうやって見るつもりだ?」

「ええと……「こんにちはーいいお天気ですね。ところでお蚕様を見てみたいのですが、こちらでは飼われていますか?」って」


 声をかけようと思っています……

 最後まで言えずにそっと兼継殿を見上げると、私をちらりと見返して(おさ)えた溜め息をついている。

 沼田城下ではそれで見せて貰えそうだけど。他は違うみたいだな。


「身元の知れぬ者が、急に押しかけては不審(ふしん)に思われる。少し待て」


 くしゃりと私の頭を撫でて、兼継殿は村に背を向けて歩き出した。



 ***************                ***************


 城下町まで来た兼継殿は、初めて来たとは思えない足取りで、呉服座(ごふくざ)に立ち並ぶ店のひとつに入っていった。


「いらっしゃいませ」


 明るい声がして、奥からいそいそと店員さんが出てくる。

 初めて見る客に一瞬(さぐ)るような顔になったあと、すぐに愛想よく接客を始めた。


「お武家様、何をお探しでしょう?」

「国に帰る前に、妻への土産(みやげ)を探している。このあたりは生糸が特産物と聞いていたのだが」


 さり気なく外から来た事をアピールしつつ、兼継殿は店内を見回した。それで店員さんの警戒する気配は無くなったけれど、代わりに少し申し訳なさそうな顔になる。


「そうでございますね。ここらは紬織物(つむぎ)が盛んでございますが、お武家様のお召し物を見る限り、奥方様が喜ばれるかどうか……」


 兼継殿が着ている青苧(あおそ)で作られた越後布は、剣神公の時代から上方(かみかた)の公家に献上(けんじょう)されるような上物だ。そのせいか ちょっと微妙な反応が返ってきた。


(つむぎ)綿(わた)のように温かだと聞く。私の国は冬が長いからな。見たところ、こちらには上質な品が揃っているとお見受けするが……仕入れはどちらから?」


 爽やかに微笑んだ兼継殿が、頬を染めた店員さんから、上手に生糸の情報を聞き出し始めた。

 真面目キャラだからあまりそんな印象がなかったけれど。案外、自分のルックスを武器にしているんだなぁ。


 情報収集は兼継殿にまかせて、私は店内を探索(たんさく)する事にした。

 生糸で作られた紬を見ておくのも、城代として大事なお仕事だと思うのです。


 薄暗い店内には色とりどりの反物(たんもの)や、仕立(した)てられた着物が飾られている。

 普段着扱いで着られるという(つむぎ)はどことなくざっくりとしていて、素朴(そぼく)で可愛い感じだ。

 品物を見ていた私は、片隅(かたすみ)に置かれた小袖に目をとめた。綺麗な白い紬で、青みがかった薄紫の模様が小花みたい。


「涼やかな(がら)だな」


 いきなり背後から声がして、私はびっくりして振り返った。

 兼継殿がいつの間にか後ろに立っていて、傍にいた店員さんに声を掛ける。


「ではこれにしよう」


 しまった! 小袖を選ぶ時は、ちゃんとアドバイスしなきゃと思っていたのに。

しかし兼継殿、桜姫のことになると本当に適当だな!


「お待ちください。奥方様になら、こちらの方がお似合いだと思います」


 私は慌てて店員よろしく、桜色の反物をお(すす)めした。

 桜姫は華やかな美少女だから、こういうシンプルなのは似合わない。そもそも小柄だから既製品じゃなく、反物を買って仕立てた方がいいと思うよ?


「その色なら春ではないか? これからの季節には合わないと思うが」


 これから秋ですしね。確かに桜色は春っぽいけど、それなら白も夏じゃないかな。


「ではこの、白地に小花模様も夏ではないでしょうか? 別な色の方が良いのでは」

「いや、これは雪の意匠(いしょう)だろう。これからだ」


 花と雪、どっちよ!? 同時に振り返ったら、店員さんはあっさりと首を振った。


「ただの格子柄です」



 ***************                ***************


 仕入れた情報によると、生糸は沼田近辺の村でも作られているらしい。

 立ち寄った茶屋でお茶に口をつけながら、兼継殿が考える顔になる。


「聞くところによると、この城下の呉服座は、赤城山山麓(さんろく)の村々からも生糸を買い付けているようだ。それならば真木の領内でも該当するところがあるだろう。公事くじ(特産品を売って得た分の税のことね)の記録にそれらしき記載はなかったか?」

「気付きませんでした。税は収められたとしても、何を売ったかの記載が抜けていたのかも……」


 前年までの記録は戦のどさくさで紛失したのか、見当たらないものもある。書類の不備(ふび)の多さには、正直ちょっと頭を悩ませているところだ。

 とりあえず領内でも蚕が育つって事は判ったから、養蚕(ようさん)推奨(すいしょう)して、生糸で(ひも)を作ろう。真田紐っぽいやつ。


「私ひとりではどうにもなりませんでした。ありがとうございます、兼継殿」

「家臣を信頼し、上手く使いこなすのが城主の務めだ。このような場合は、自ら動かず家臣を使え。だがどうしても直接動きたい時は、せめて事前に知らせてくれ」


 蚕を見たいなら、商人でも(よそお)っておけば話は簡単だったぞ。と苦笑交じりに軽く叱責(しっせき)された。


「解りました。気を付けます」


 私も苦笑してお団子に口を付ける。

 結局、こんなに引っ張りまわした挙句(あげく)の「接待」は、ここのお茶とお団子を(おご)っただけだ。


 なんかもう、ホントにすみません……



 ***************                ***************


「あの、何か私に出来るお礼はないでしょうか。今日は兼継殿を接待しなければいけなかったのに、私ばかりが楽しんでしまって」


 改めて思い返すと、今日は兼継殿を引っ張りまわしただで、全然おもてなしをしていない。

 何だか急に申し訳なくなって、私は居住(いず)まいを正した。


「私も楽しかったぞ、子供の頃に戻ったようで。……無鉄砲に飛び出すところは同じなのだな」


 隣に座る兼継殿が、ことりとお茶の碗を置いた。


「兼継殿?」


 何となく違和感があって隣を見上げたけど、兼継殿は少し笑って何も言わない。

 結局、違和感の正体が解らないまま、私は兼継殿から視線を()らした。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ