104.兼継 来訪1
「森月主税だよ。前に話した 『温泉掘りの名人』。火薬の扱いに長けていてね、掘り進めるよりずっと早く作業が進むよ」
手拭いを頭に巻いた精悍な男の人が、兄上の隣で、ぎこちなく会釈している。
ようするに火薬でドカンと穴をあける訳か。それなら仕事が早そうだなあ。
帰りに上田に寄った私は、『武隈の隠し湯』を作った家臣を兄上から紹介してもらい、ついでに熱溜まりを探りながら、のんびり沼田に戻った。
あとは地下水がある場所を見つければいい……けれど、そこがなかなかに難しい。
今、この世界で、大名が使役している霊獣は 八柱。
真木の『炎虎』と上森の『神龍』以外では、相模・東条家、陰虎様が従えている『獅子』。筑後の橘夫妻が使役する『風神』と『雷神』。薩摩の志摩兄弟のところに複数の『鬼』。正宗の親戚になる出羽・茂上家が使役する『妖狐』。正宗のとこの『独眼竜』だ。
上森の『神龍』なら地中の水源を見つけられるだろうし、志摩の『鬼』は土属性。鬼は怪力だから、簡単に土木工事が出来ると思う。
ゲームでは、『霊獣の神力』に目を付けて天下統一したのが富豊秀好で、神力の恩恵を日ノ本全体に行き渡らせようとしていた。
道半ばで秀好が死に、その後、秀好の遺志を継ぎたい美成殿と『人の世は人の手で』がモットーの家靖が激突したのが、こっちの世界の『関ケ原合戦』だ。
こっちの世界でも西軍が敗けるから、それは叶わないけれど。
*************** ***************
「雪村さまぁ、お文が届いてますう」
のんびりした声に、私は筆を止めて顔を上げた。
城主の兄上に宛てた文はたくさん来るけど、城代の私には殆ど来ない。
誰だろうと思ったら兼継殿からだった。ま、まさか桜姫が何かやっちゃった!? 私は慌てて封を開けた。
堂々とした筆跡は兼継殿本人の手蹟で、右筆(書類の作成をする役職のことね)が書いたものじゃない。……って事は『城代』の雪村宛てじゃなく、プライベートな書簡だろう。
季節の挨拶や日々の出来事が綴られた内容は至って普通で、桜姫がやらかした様子はない。ほっとしながら読み進めると、最後に「近々、そちらの方に用事がある故、沼田にも立ち寄る」と書かれてある。私は少し首を傾げた。
兄上に用事があるのかな? でも上田は長野、沼田はもっと先の群馬だ。
ついでに寄るには離れているけど……
まあいいか。
私は手紙を文箱に仕舞い、ついでに筆も片づけた。
そろそろ根津子に稽古をつけてもらう時間だ。
*************** ***************
信濃方面から来るだろうと西の街道で待っていたら、背後から急に肩を叩かれて、私は素っ頓狂な声を上げた。
「どうしたのですか? 兼継殿!?」
「どうしたもこうしたも。今日、寄ると伝えてあっただろう」
私の驚きっぷりに、兼継殿までびっくりした顔になる。
「兄上のところから来ると思ったのです。それならこの道を通るだろうと」
「三国峠を越えてきたからな。信倖に用があった訳ではない、坂戸城普請のために魚沼まで来た。そのついでだ」
「坂戸城とは……?」
聞いた事がある気がするけど、思い出せない。
すると兼継殿が、意外そうな顔をした。
「話した事が無かったか? 坂戸城は、影勝様が生まれ育った城だ。その改修が決まった。今は私が城主を兼ねている」
坂戸城の城主? 直枝の城は、与板城って名前じゃなかったかな?
桜姫の恋愛に関係ないからゲームでは触れられてなかったけれど、雪村が子供の頃、兼継殿の苗字はまだ、生家の『樋内』だった。
ちょうど雪村が甲斐に戻されたあたりで、名門・直枝家に養子に入っている。
え、ちょっと待って? 坂戸と与板、両方の城主をしているって事は、私の二倍、仕事しているってこと? 執政の仕事をしながら!?
ゲームでは後半、米沢城の城主もしていたよ??
社畜の域を超えてるよ!!
「兼継殿、城主の掛け持ちに加えて執政の仕事って……いつ寝ているんですか?」
ガクブルしながら聞いてみると、与板城の方は兼継殿の養父上が、まだ現役で城主を務めているらしい。
良かった、そこまで超人じゃなくて。
何だかこっちの世界、恋愛シミュレーションというより領地運営シミュレーションみたいな感じになってきたぞ。
それなのに私、ソッチ系の知識がまったく無いよ。
*************** ***************
この時代の『客の接待』は、朝でも夜でも、とにかく酒盛りとの事で。
「雪村様、酒は飲めますか?」
「お客様の接待も、城主の大事なお仕事ですよぉ?」
家老の矢木沢や根津子に散々心配されたけれど、私はお酒が飲めない。飲めないというか、弱くてすぐに寝てしまう。
こういう時は城主の兄上か、もしくは小介が替わってくれていたけど、兼継殿相手に小介を代打に出す訳にはいかないし。
「申し訳ありません。私に客など来ないので、接待に慣れていなくて」
ぎこちなくお酒を注いだ私は、へらりと笑って誤魔化した。
ああ、こんな事なら兄上を呼んでおくべきだった……中身がさっぱり減らない杯を見て、兼継殿が聞いてくる。
「飲まないのか?」
「どうにも弱くて。すぐに眠ってしまうのです」
苦笑いで返すと、少し黙った兼継殿が、私をじっと見て呟いた。
「雪村は酒に強かった」
全然酔ってなんていない 涼やかな瞳に見つめられて、私は声が出せなくなる。
……嘘。まさかこんな事でバレるなんて……
「雪村」
兼継殿の手が伸びて、私は思わず身を竦めた。杯の酒が零れて小袖が濡れる。
怖くて兼継殿が見られない。
大きな手が、私の頭をくしゃくしゃと撫でる。
そして、おそるおそる目を開けた私に、兼続殿は優しく笑った。
「大人になれば飲めるようになる。暫くはお預けだな」
……いつもの子供扱い?
じゃあ私が雪村じゃないって、バレた訳じゃないの?
「……そうありたいです」
死ぬほどほっとして、やっと答えたけど、もう緊張しすぎて泣きそう。
それを誤魔化そうと笑ったら、兼継殿が髪を撫でながら 顔を覗き込んできた。
「何故、私には言わない?」
何をですかと聞く前に「……まだ酒が飲めない事をだ」って自己完結してしまったけれど、本当に言いたい事は違うって顔をしている。
それに気付かない振りをして、私は作り笑いをし続けた。