102対峙 再び1 ~side S~
「雪村もお前と同じく、別人と入れ替わっているのではないかと言っている」
「気を付けて見ていてくれ」
兼継から言い渡され……いや、依頼されてからひと月が経ち、俺は再び、越後へと戻ってきた。
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雪村は、俺と同じ現代人の女性で、『カオス戦国』プレイヤーだった。
それを知る事は出来たんだが、「くれぐれも雪村に悟られるな」と言われた部分に関しては、ミッションに失敗している。
挙句に雪からは「雪村の身体に自分が入っていることは、信倖と兼継には言わないでくれ」と懇願されてしまった。
あんなに必死で頼まれたら断れる訳が無いし、ましてや「兼継が既に気付いている」なんて言えやしない。
結果として俺は、兼継には『雪村に悟られた』事を隠しつつ、雪には『兼継が気づいている』事を隠さなければならなくなった。
雪を守り、さらに俺自身を兼継から守るにはどうしたらいいだろう。
俺は必死で回避策を考え続けている。
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「御殿へ行ってくるわね。兼継殿に、お渡ししたい物があるの」
俺は緊張を押し隠し、小さな竹籠を手に立ち上がった。
これは昼食が入っていた竹籠に、山で適当に取ったキノコを入れたものだ。
とりあえず中身はどうでもいい。
「姫様が兼継様に手土産を……?」
「いったいどういった心境の変化でしょう?」
さわさわと小声の騷めきが部屋に満ちて、俺は内心苦笑した。
うん。わざわざ聞いた事は無かったが、やっぱり俺と兼継の仲がよろしくないのは、みんな察していたんだな。
俺はヲホホと笑いながら、足取り重く御殿へ向かった。
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御殿の中にある御書院(訊ねてきた客と接見する部屋。現代でいう応接室だな)の一室で、俺は兼継と対峙した。
「義兄上様と執政殿に、帰参のご挨拶に参りました。義兄上様にはお帰りになられた時にご挨拶しますので、貴方から伝えて下さればいいわ。でも執政殿にはお会いする機会がありませんし、対面は叶わないかしら?」
いつだったか屁糞葛を手に乗り込んだ時とは対照的に、静々と御殿を訪ねた俺は、手土産(を装ったブツ)をチラつかせながら取次役に微笑んだ。
美少女微笑の効果は絶大だ。
取次は、にこにこしながら俺の言いなりになった。
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そして今、俺は兼継と向かい合って座っている。
用が済んだキノコを脇に置き、俺は気づかれないように深呼吸をした。
対峙の場を御殿にしたのは、少なくとも取次が『ここに桜姫が来た』と知ることになるからだ。
これで奴は、俺に手出し出来ない。
もたもたして兼継に先手を打たれると、奴は俺を言葉巧みに散策へと誘いだし、人気のない所でトドメを刺そうとするだろう。
一番安全なのは、影勝のお膝元だ。
先手を打たれた事に気を悪くした訳でもあるまいが、兼継の対応はいつにも増して冷ややかだった。
「私は忙しい。用があるなら手短に頼む」
「先月、あんたに頼まれていた件についてだ」
余計な前置きは入れずに、俺は息を整えて兼継を見据えた。
「雪村は、あんたの予想通り、別人が入っている。俺と同じ世界から来た女だ」
兼継はどう出る?
感情の揺らぎが まったく感じられない。
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兼継が口を開かないので、俺は勝手に話を進める事にした。
「ただ雪村……便宜上、女の方は『雪』と呼ぶが、最初、雪村と雪は同じ身体に同時に存在して、上手くやっていたそうだ。あんたと再会した頃には、雪は既に雪村の中に居た。そして『雪村』が居なくなったのは、女の身体になった時らしい」
そこで初めて兼継の表情が揺らぎ、俺は言葉を飲んで見返した。
……こいつ、一瞬動揺した?
すぐに取り澄ました顔に戻った兼継の表情を探りつつ、俺も話を再開する。
「前にも話したと思うが、俺はこの世界の未来が分かる。それは同じ世界から来た雪も同様だが、彼女が知る情報は 俺が知るものより若干古い。だから雪は、あんたと契れば男に戻る、そしてそれが『本来あるべき未来』だと知らなかった」
「だから」
一度言葉を切って、俺は兼継を睨みつけるように見据える。
「『雪村』に戻したいなら『雪』と契れ。彼女はそれこそ誰よりも『雪村』を戻したがっている。あんたと契れば『雪村』が戻ると知れば、雪はそうするだろう。 ……鍵はお前だ。お前が決めろ」