101.領地運営模索中3
山はそろそろ秋の気配がして、木々は赤や黄に色づき始めている。
山道から逸れて頂の方へと向かうと、深い森の中に小さな祠が見えてきた。
作り直したばかりの祠は、まだ真新しい。
祠からは炎のような霊気が感じられて、まるでそこにも ほむらが居るみたいだ。
そっと扉を開けると、中にはピンポン玉くらいの赤虎目石が鎮座している。
ほむらのご神体だ。
じっと見つめている私に、ほむらが身を摺り寄せてきた。
喉元をくすぐるように撫でてから、私は懐から手拭いを取り出し、祠の掃除を始めた。
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「ごめんね、おまたせ」
真剣に掃除をしていたら、結構時間がかかっちゃった。
声を掛けると、キノコを取っていたらしい桜井くんが顔を上げた。
「いやあ、この前夏桜を見たと思ったら、もう秋になるんだなー」
汚れた手を払いながら立ち上がった桜井くんは、ふと思いついた顔になって、私も言いたかった事を先取りする。
「ついでにほむらが熱溜まりを見つけられるか、試しながら戻ろうぜ」
あーあ。ホントに桜井くん、ずっと沼田に居てくれたらいいのに。というか、桜井くんが雪村に転生していた方が、ずっと良かったんじゃない?
うう、自信喪失するなあ。
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結論から言うと、ほむらは地中の『熱溜まり』を察知する事が出来た。
水場の近くでそれを見つけられたら、温泉が出る確率があがりそう!
兄上にも、隠し湯の件については文を送っているから、上田に着いたら意見を聞いてみよう。
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景色のいいところで、私たちはお昼休憩を取ることにした。
適当な石に腰掛け、根津子が持たせてくれたお弁当の包みを開ける。
「なあ、雪」
横からおにぎりに手を伸ばしながら、桜井くんが ちらりと私を見た。
「いまさら こんな事を聞くのもアレだけどさ。雪は『カオス戦国』で、推しキャラは誰なの?」
ホントにいまさら、それを聞くんだ?
私は笑いながら、「清雅だったよ。声が好きなの」と返した。
清雅……加賀 清雅は肥後大名で、いつも美成と対立する 秀好子飼いの武断派。
『虎狩り』と『治癒』のスキル持ちで、対戦するとHPを削っても削っても『治癒』で全快するわ、『虎狩り』でほむらを使用不可にするわで、雪村の天敵みたいなキャラだ。
ただ清雅と戦うと、“雪村が負けた時”だけ言われる『特殊台詞』がある。
「この程度で、姫を守ると息巻いていたのか。無様だな」
……と偉そうに言う声が大変なイケボで、それを聞く為だけに、雪村を何度も負けさせたくらいだ。
しかしそのせいか、私が『雪村』として清雅と戦う羽目になったら、全然勝てる気がしない。……まあ、それはいいとして。
「桜井くんは、誰推しなの?」
男の人でも乙女ゲームで『推し』って居るのかな? と思いながら聞き返したら、それには答えず、桜井くんは私にとって衝撃的な事を言いだした。
「清雅、この前出たNEOでは攻略対象になっていたよ」
「ホントに? うわー私、死ぬタイミング悪すぎだよ。あのイケボでの口説き文句は聞いてみたかったなー」
ちょっと大袈裟に悔しがってみたけど、今となってはあまりそう思っていない。
だって、今の私は『雪村』だから。
それこそ清雅と対戦する羽目になったら、「無様だな」って嗤われるのを回避する為に、全力を尽くさなくちゃならない立場になった訳で。
いくらイケボでも、いやイケボだからこそ直接罵倒されたくないよ。
それにゲームでは、『男』でも勝てるか微妙だったもん。この身体で勝てる気は、全然しない。
今となってはむしろ、清雅に会いたくないよ。
ふと気が付くと、桜井くんが微妙な顔になっている。
はしゃぎ過ぎて引かれたかな? 私は慌てて口を噤み、おにぎりに口をつけた。
やがておにぎりを食べ終わった桜井くんは、空を見上げて呟いた。
「そっかー。俺、てっきり、推しは兼継だと思っていたよ。だって仲いいじゃん」
桜井くんが黄昏ている……。こ、これは。
まさか桜井くん、私の『推し』が兼継殿だと思っていて、それで兼継恋愛イベントを躊躇っていたの!?
いやいやいや!!
「雪村は男だよ? 今は女になっているけど、いずれ元に戻るだろうし。全然まったく気にしなくていいよ!」
「いや、雪村は男だけど、雪は女の人だろ? やっぱ推しっつーか、好きな奴とか」
「雪村が男な以上、私もここでは男だよ。推しは清雅だったけど、それはそれ!」
勢い込んで説得する私に「お、おう……」と若干引きながらも、やっぱり微妙な表情は変わらない。
私は、桜姫と兼継殿にイベントを進めて欲しいのに、兼継殿は「雪村は桜姫が好き」だと誤解していて、桜井くんは、私の『推し』が兼継殿だと思って躊躇っていたって……
……何だこれ?
「じゃあ一応確認だけどさ。さっき、『推しは清雅だった』って過去形だったけど、今は誰よ?」
桜井くんが、さらにそこに突っ込んでくる。
今の『推し』……
ふと兼継殿の姿が脳裏を過ぎって、私は慌ててそれを打ち消した。
だって兼継殿は『桜姫の攻略対象』だ。
変なことを言って、桜井くんが攻略をやめたら困る。
それに清雅や正宗……東軍武将のルートにも行って欲しくない。
東軍武将ルートは『雪村たちを裏切る』選択をしなければ入れないから、離れ離れになっちゃう。
「今も清雅だよ」
桜井くんを見返して、私も笑う。
桜姫には『兼継ルート』に進んで貰わないと困る。
他のルートだと 雪村が死ぬ。
自分の事しか考えていないズルい嘘をついて、私は「そうか」と頷いた桜井くんから、目を逸らした。
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上田を経由して奥御殿に姫を届けた後、私はすぐに帰路についた。
「泊っていかないの? 影勝様の御帰宅を待てば良いのに」
老女には引き留められたけど、今はいろいろと気忙しい。
帰りにもう一度上田に寄って、『武隈の隠し湯』を発掘した温泉名人を紹介して貰う予定だし、街道沿いに熱溜まりが無いかも調べなきゃ。
「先ほど御殿に寄りまして、取次の方に影勝様への伝言をお願いしました。兼継殿には、姫の方からご挨拶して下さるそうですので」
そう伝えた途端に、侍女衆がざわりと騒めく。
「姫さまが?」
「どんな心境の変化でしょう?」
あちこちからそんな囁きが聞こえてきて、私は思わず苦笑した。
桜姫と兼継殿があまり上手くいってなさそう、って認識は、みんな一緒みたい。
「では姫、またひと月後に!」
虎上から手を振って、私は振り返らずに山道を下った。